桜吹雪が舞う夜に


重苦しい沈黙が、夏の夜気の中に沈み込む。
蝉の声すら遠く感じて、聞こえるのは互いの呼吸だけだった。

「……でも、それでも夢を追いたいと言うなら、止める権利は俺にはない」
日向さんはそう言った。
厳しい声の奥に、ほんの僅かな震えが混ざっているのを私は聞き逃さなかった。

「ただ……応援できるかと聞かれたら……ごめん、正直、分からない」

その言葉に、胸が締め付けられる。
信じたいのに、信じきれていない。
守られたいのに、縛られている。
そんな矛盾に押し潰されそうになる。

「……日向さんの夢は?」
思わず問い返した。

彼は長く黙り込み、やがてぽつりと答える。
「……桜と、大きくなくていい。
優しい光が差し込む家で、子供と……ただ穏やかに暮らせたら、それでいい。
どれだけ仕事が苦しくても、それだけで一生生きていけるって思う」

その声は確かに愛情に満ちていた。
けれど同時に、私の未来を閉じ込めてしまう檻のようにも感じられた。

「……子供は、必須ですか?」
唇が震えるままに、問いを落とす。

日向さんは驚いたようにこちらを見て、それからゆっくりと目を伏せた。
「……必須じゃない。でも……強く望んでいるのは確かだ」

その告白に、どう返せばいいか分からず、ただテーブルの上の麦茶の氷が溶けていくのを見つめていた。

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