桜吹雪が舞う夜に
沈黙が、二人の間をじわじわと広げていく。
冷房の風の音がやけに大きく響いた。
日向さんが小さく息を吐き、ぽつりと口を開いた。
「……重苦しい空気にさせたな」
顔を上げると、少しだけ気まずそうに笑っていた。
そしてゆっくりと立ち上がり、隅に置いてあるピアノに視線をやる。
「……何か聴きたい曲はないか。
久々に弾くよ。なんでも」
その言葉に胸がじんと温かくなる。
不器用にしか歩み寄れない人だけど、それでも精一杯、私を和ませようとしてくれているのが分かった。
「……じゃあ、ショパン。……ノクターンがいいです」
「分かった」
鍵盤に向かう背中が、どこか安心できる居場所のように思えた。
やわらかな旋律が部屋を満たしていく。
さっきまでの重苦しさは、完全には消えなくても――音楽がそれを静かに包み込んでくれるようだった。