桜吹雪が舞う夜に


「……あの、朔弥さん」

開店前の準備をしていた手を止め、勇気を振り絞って声をかけた。
バックヤードで煙草をふかしていた朔弥さんが、片眉を上げる。

「日向さんって……私に隠し事、してませんか?」

「ほぉ?」
笑いながらも、その目は少しだけ真剣になる。

私は、レシートを見つけたこと、やたら高い白百合の花束のことを打ち明けた。

「朔弥さんは……知ってるんですか?」

短い沈黙のあと、朔弥さんは小さく肩をすくめる。
「……今、12月だよな。だったら、何となく想像はつく。
 ただ、俺から言っていいことじゃない」

「……?」

不安で唇を噛む私に、朔弥さんは苦笑まじりに続けた。
「安心しな。あいつは器用に浮気なんてできる奴じゃない」

「……」

「むしろ不器用すぎて、抱え込んで一人で突っ走っちまうタイプだ。
 お前のことも、守ることに必死すぎてな」

返す言葉を見つけられなかった。
安心したような、でも余計に気になるような――複雑な思いだけが胸に残った。


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