桜吹雪が舞う夜に
「向坂先生。本気でもういいです」
気づけば言葉が口をついていた。
「さっさと俺を講義担当から降ろしてください。
この無駄な会議地獄から解放してほしい」
書類を抱えたまま睨むように言い放つと、循環器内科の教授である彼ー向坂伊織は少し驚いた顔をして、それからお決まりの笑みを浮かべた。
「おや。御崎がそんなこと言うなんて、珍しい」
俺は唇を引き結び、低く続ける。
「珍しくも何もありません。現場は回らない、患者の時間も削られる。
それを放っておいて、何度も同じ話を繰り返す会議に呼び出される意味が分からない」
「なるほど。合理的だ」
向坂教授はにこにことペンを回しながら、わざとらしく頷いた。
そして――ゆっくりと目を細める。
「でも御崎。デメリットを理解した上で言ってる?」
胸の奥がざらつく。
わざわざ確認してくるあたりが、この人らしい。
庇う気がないわけじゃないが、結局は俺をどう扱うか計算している。
39歳にして循環器内科の教授に選ばれた、純粋培養のエリート。何もかもを器用にこなす、合理主義の塊。
……それが目の前のこの人だった。
(正直、上司としては自分とタイプが違いすぎる。やりにくいことこの上ない)
「担当から外れるってことは、教授会での発言権も一段落ちる。
研究費の割り当ても今までよりシビアになる。
“若手の育成枠”から外れるから、君の次のポストに影響が出る可能性だってある」
静かな会議室に、言葉だけが落ちていく。