桜吹雪が舞う夜に
休憩室に入った段階で、桜に電話を掛けた。
着信音が途切れ、耳に彼女の声が届く。
「はい。……日向さん?」
少し緊張を含んだ声音。胸の奥が痛む。
「桜? ……決まったよ。講義は続けられる」
受話器越しに息を呑む気配がして、彼女の声が弾んだ。
「……本当ですか!」
その反応に、思わず口元が緩む。
「……あぁ。ただ、代わりに海外出張を押し付けられた。少しまた、忙しくなりそうだ」
彼女が小さく沈黙する。何を思ったのかは分かる。
だから先に言葉を繋いだ。
「今度さ、年が明けたら……またゆっくり遠出でもしよう。行きたい場所、考えといて」
少し戸惑った声が返ってくる。
「え……いいんですか?」
「もちろん。何かしたいことはある?」
間があって、彼女が小さく笑った。
「……桜、見に行きたいです」
受話器を握る手に力が入る。
「桜?」と繰り返してから、苦笑混じりに答えた。
「分かった。探しとくよ」
ほんのひとときでも、彼女の声が弾んでいるのを感じられて――胸の奥に溜まっていた重さが少しだけ和らいだ。