桜吹雪が舞う夜に

隠された気持ち Sakura Side.



ある夜、シャワーを浴びてリビングに戻ると、日向さんが机に突っ伏したまま眠っていた。
薄いシャツ越しに肩が上下していて、深い眠りに落ちているのが分かる。

「……風邪、引きますよ」
小さく呟きながら、ソファに掛けてあったブランケットをそっと彼の背中にかけた。

「ん……」
吐息に似た声を漏らしただけで、彼は目を覚ます気配もない。

その時、机の端に開かれたままの聖書が目に入った。
ページの上に、黒いインクの跡が残っている。

――伝道の書。

視線を追うと、一節に線が引かれていた。

神のなさることは、全て時にかなって美しい。

その下に、さらに小さな文字がある。

――母のことも、理緒のことも、そうとは思えない。
 ただ、それらがあって桜に出会えたと思うと、ようやく意味がわかる気がする。

胸の奥が熱くなり、思わず息を詰めた。
彼が抱えている痛みと、それでも自分に向けてくれる想いを初めて垣間見た気がした。

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