桜吹雪が舞う夜に

青い夜 Sakura Side.

夜のジャズバー。
カウンター越しに氷が当たる音を聞きながら、私はお客さんから返されたグラスを布巾で拭いていた。

「お、なんだその指輪。新しく買ったの?」
ふいに朔弥さんの声がして、心臓が跳ねた。

一瞬、手元が止まる。慌てて指を背中に隠すようにして、取り繕う。
「……あ、えっと。友達と、鎌倉に行ったときに……」

「ふーん、ペアリングっぽいな」
わざとらしく声を落として、にやりと笑う朔弥さん。

「相手、もちろん日向だろ?」

「……っ」
熱が一気に頬に広がる。答えようとしても声が出なくて、私は黙ってトレーの上のグラスを並べ直した。

「いいじゃん。似合ってるよ」
軽口のように言いながらも、その声には少し真剣な響きが混じっていた。

「日向もさ、恋人連れてくるなんて滅多にないし。……そりゃ気になるよな」

私は下を向いたまま、小さく首を横に振った。
「……大したことじゃ、ないんです」

「大したことじゃないって?」
朔弥さんが片眉を上げて、じっとこちらを覗き込む。
「ペアリングって普通、大したことだと思うけどな」

その言葉に、胸の奥がチクリと疼いた。
大したことじゃないなんて、嘘だった。本当はとても大事で、だからこそ簡単に口にできないだけで。

「……かわいーなぁ、桜ちゃん。日向が羨ましいよ」

不意に落ちてきた言葉に、耳まで一気に赤く染まった。
照れくささと、見透かされてしまった気まずさと、それでもどこか嬉しい気持ちが入り混じって、顔を上げることができなかった。

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