桜吹雪が舞う夜に
大学一年、夏
夏の夜 Hinata Side.
桜が夏休みに入って、間もない頃。
まだ開店前のジャズバー。
カウンターでコーヒーを啜っていると、朔弥が磨いていたグラスを止め、不敵に笑った。
「そういや桜ちゃん。最近お客さんにも人気だよ」
「……人気?」
俺が顔を上げると、朔弥は愉快そうに頷いた。
「可愛いって評判。『彼氏いるの?』って聞かれるくらい。ま、俺はきっぱり『いる』って答えてるけどな」
「……そうか」
声を低く抑えたが、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚が広がる。
「で?」
朔弥がわざとらしく間を置き、俺を横目で見やった。
「どこまで行ったの?」
カップを置く音が、静かに響いた。
「……そういう話をわざわざ聞く意味は?」
「いやいや、心配でさ」朔弥はニヤつきながら両手を上げる。
「まだ10代の彼女に変なことしてないよなーって。……でも、もし本当に手出してないんなら、それはそれで逆に驚きだわ」
「……」
喉の奥がひどく熱い。
どう返しても、からかわれるだけだと分かっていた。
ただ一つ、確かなのはーー彼女を軽く茶化されること自体が、耐え難く不快だということ。
「……いい加減にしろ」
短く吐き捨てるように言うと、カウンター越しに一瞬、空気が冷えた。