桜吹雪が舞う夜に
カウンター越しの空気が冷えきったそのとき、裏口のドアが開いて桜が顔を覗かせた。
「……あの、もう片付け、終わりました」
無邪気な声に、緊張の糸が一瞬揺らぐ。だが朔弥は気まずさをごまかすように、わざと大きな声を出した。
「おー桜ちゃーん!いやぁ、ほんと人気者だなぁ」
ニヤニヤしながら、俺を横目で見やる。
「でもさ……こいつも男だから。まぁ、そういうことよ」
「……え?」
桜はきょとんと瞬き、意味が分からないように小首を傾げる。
俺は即座に低く遮った。
「朔弥」
短く名前を呼んだだけで、店内の空気が張り詰める。
朔弥もさすがに苦笑いし、肩をすくめてグラスを磨き直した。
桜はそんな二人のやり取りに、居心地悪そうに目を瞬かせる。
ーーやっぱり、俺は彼女をこういう場で茶化されるのが、何よりも嫌だ。