桜吹雪が舞う夜に
自販機の明かりの中で取り出したペットボトルを片手に、研究室へ戻る。
キーを叩く音が途切れず続いていた。酒井は真剣に画面へ向かい、肩を丸めるようにして入力を続けている。
「……ほら」
机に軽く音を立てて、オレンジジュースを置いた。
「ありがとうございます……!」
酒井は慌てて背筋を伸ばし、恐縮したように笑った。
「そんなに構えなくていい。まだ始めたばかりだろ。焦って詰め込むより、少しずつ慣れていけばいい」
そう言って椅子を引き、彼の隣に腰を下ろした。
「休憩しながらやれ。頭が疲れると、入力ミスも増える」
酒井は目を瞬かせ、ペットボトルを両手で受け取ると、ふっと小さく笑った。
「……はい」
キャップを開ける音と共に、張り詰めていた空気が少し和らぐ。
桜と同世代の、まだ未熟さの残る学生。
彼の姿に、自分がかつて同じように誰かに気をかけられた日のことが、ぼんやりと思い出された。