桜吹雪が舞う夜に
そうして作業をお願いしてから、2時間ほどが経った。
隣で学会で使うスライドの調整を行っていた俺は、そろそろ疲れてくる頃か、と思い、酒井のほうを見やった。
キーを打つ手が少し硬い。肩にも力が入っているのが分かった。
初めてで慣れない作業だ。無理もない。
「……飲み物買ってくる」
立ち上がりながら、俺は声をかけた。
「奢るよ。何がいい?」
酒井は一瞬きょとんとした顔をして、それから慌てて首を振る。
「えっ……いや、そんな。僕なんか……」
「遠慮すんな」
軽く笑って言い切る。
「ブラックコーヒーでも、ジュースでも。頭使うときは水分が大事だから」
少し迷ってから、酒井は小さく答えた。
「……じゃあ、オレンジジュースで……」
「了解」
頷いてポケットに小銭を滑り込ませる。
ほんのささやかなことだが、初めての現場に飛び込む学生にとっては、これくらいの気遣いで肩の力が抜けるものだ。
(昔の俺も、あんなふうに先輩に助けられてきたんだよな……)
研究室のドアを開けると、廊下の冷たい空気が肌に触れた。