牧師の息子のエリート医師は、歳下医学生に理性が効かないほど夢中です。(旧題:桜吹雪が舞う夜に)
数分の沈黙。
再びキーボードの打鍵音だけが研究室に響いた。

だが、酒井の肩越しに見える背筋は、どこか強張っていた。

「……そう、ですか」
ぽつりと零れる声は、どこか力なく沈んでいた。

「?」
思わず視線を向けると、酒井は下を向いたまま打鍵の手を止めた。

「中野さん……やっぱり先生と、一緒にいるんですね」
苦笑のようなものが浮かんでいた。
「……まぁ、そうだろうなって思ってました。桜ちゃん、先生の話をするとき、なんかすごく……表情が違ったから」

「……」
胸の奥に、小さな棘が刺さる感覚があった。

「正直、僕……」
酒井は拳を握り締め、かすかに震える声で言った。
「桜ちゃんのこと、気になってたんです。でも……敵うわけないですよね。先生に」

言葉を失う。
返すべき言葉も、返してはいけない言葉も、同時に喉元までこみ上げてきて、結局どちらも飲み込むしかなかった。

ただ静かに、視線を伏せる。
そして、淡々と口を開いた。
「……作業を続けてくれ」

酒井は「はい」と答えたものの、その声は沈んでいた。
カタカタと再び響き出したキーボードの音には、悔しさと諦めの色が滲んでいた。

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