牧師の息子のエリート医師は、歳下医学生に理性が効かないほど夢中です。(旧題:桜吹雪が舞う夜に)
カタカタと再び打鍵音が響く研究室。
だが、先ほどまでの淡々とした作業音とは違って、どこか重く、乱れて聞こえた。
(……もし、あの時。桜の告白を断っていたら。
……今、彼女の隣にいるのは俺じゃなくて、彼だったのかもしれない)
ふと浮かんだ“ありえたかもしれない未来”が、胸を締めつける。
同じサークルで、同じ目線で愚痴をこぼし、試験前には一緒に図書館にこもる。
彼女が笑うのは、自分ではなく酒井の方で。
それはきっと、自然で、無理のない関係だっただろう。
……俺はきっと、以前と同じように、
ただ仕事に追われ、感情を置き去りにしたまま日々をやり過ごしていた。
(……俺とじゃなくても、彼女は幸せになれたんじゃないか)
無意味な考えだと分かっている。
それでも胸の奥に拭い切れない不安が渦を巻く。
そのとき、ふと机の上の指輪が目に入った。
ペアリングの銀の輝き――彼女が自分の隣を選んでくれた証。
(……違う。彼女は俺を選んだ。
俺も彼女と生きることを選んだ。
……間違いだったなんて、思う必要はない)
強くそう言い聞かせるように、無意識のうちに拳を握りしめた。
それでも、未来に差す影のような不安は消えず、
胸の奥で静かに疼き続けていた。