大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

第138話 金曜日、逃げたいのに逃げられない

 金曜日の朝。

 目覚ましが鳴るより先に、朱里は目を覚ました。

(……今日、だ)

 布団の中でスマホを握りしめる。

 別に、告白されると決まったわけじゃない。

 ただ “ちゃんと話す” と言われただけ。

 でもその言葉だけで、頭の中で勝手にエンディングテーマが流れ出す。

「落ち着け私、勝手にラストシーン行かない」

 ダメだ、全然落ち着かない。

 会社に着くと、出入口でばったり嵩と目が合った。

「おはよう」

 たったそれだけなのに、呼吸が詰まった。

「……お、おはようございます」

 朱里は思わず会釈し、すぐ横に避けようとする──

 が、避ける方向が悪かった。

 二人の距離が近づき、肩が触れた。

(ちょ、やめて、朝からイベント発生しないで)

「あ、すみません」

「いや、こっちこそ」

 どちらもぎこちない。

 そのまま二人並んで歩きだす。

 数歩進んだところで、嵩が小声で言った。

「……今日、帰り、時間ある?」

 その声色がいつもと違う。

 重いわけじゃないのに、きちんと届く声。

「あります……たぶん。えっと、その、逃げなければ」

「逃げないでくれるなら助かる」

 からかわれたわけじゃないのに、心臓が跳ねる。

(無理、今日一日仕事にならない未来しか見えない)

 デスクに着いてしばらくすると──

「おはようございまーす!あ、中谷先輩、顔赤いですよ!」

 望月瑠奈が元気な声で登場。

 なんでこの子は毎朝、観察力が高いのか。

「えっ?べ、別に赤くないし……」

「え、なんか金曜日って感じの顔してますよ!」

「金曜日ってどんな顔なの……?」

「なんかこう……“夜イベントありそう”みたいな!」

「そ、そんな予定ないから……!」

 言った瞬間、視線が横の席の嵩に流れてしまう。

 嵩と目が合う。

 朱里、瞬時に目を逸らす。

 瑠奈はその反応を、見逃さない。

「ふーん……」

 その“ふーん”だけで胃が痛い。

 昼休み。

 社内コンビニでチョコパンを買い、休憩ス
ペースに向かう途中──

「中谷先輩」

 振り向くと瑠奈が立っていた。

「今日って……平田さんと帰るんですか?」

 ストレート過ぎて心臓が止まるかと思った。

「っ……そ、そんな、別に……決めてないし」

「そっか。……でも、もしそうなら」

 瑠奈は一瞬だけ視線を落とし、そして笑った。

 その笑顔は、無邪気な後輩のままなのに、どこか強かった。

「負けませんから」

 宣戦布告。

 はっきりと。

 誤魔化す余地もないほどに。

(……そうだよね。止まってたの、私だけ)

 午後。

 仕事にならないまま時間が過ぎ、気づけば定時。

 帰ろうと立ち上がると、嵩が呼び止めた。

「中谷さん」

 朱里の喉が鳴る。

「……帰ろう」

 ──逃げられない。

 逃げたくない。
 
 
 でも、逃げたい。

「……はい」

 それが今の精一杯だった。

 二人は会社を出て、並んで歩き出す。

 空はオレンジと薄い群青が混ざりはじめていた。

 金曜日の夕方。

 普通の帰り道なのに、終わりかけの映画みたいな空気が流れる。

「中谷さん」

 呼ばれた名前が、胸に落ちる。

「今日、言うから」

 嵩の声には迷いがなかった。

「ずっと言えなかったこと」

 朱里は息を呑んだ。

 聞きたくないのに、聞きたい。

 怖いのに、終わりにしたくない。

 でも、ちゃんと向き合いたい。

「……聞きます」

 足が震える。

 それでも前に進む。

 二人の歩幅が、ゆっくりと揃った。
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