大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

第145話 触れない距離が、触れたくなる距離に変わるまで(二)

火曜日の夜。

返事を送ったあと、スマホの画面はすぐに暗くなった。

それでも、胸の奥にはまだ淡い光が残っている。

布団に潜り込んだはずの身体が、緊張で眠れない。

あの横顔、あの声、あの言葉が、目を閉じるたび浮かんでくる。

好き、と言った。
好きだと返してもらえた。

その事実が、嬉しいより先に、怖さを連れてくる。

でも、逃げたいとは思わない。

◆翌日

会社のエントランス。

自動ドアの前で深呼吸した瞬間、隣に誰かの気配。

「……おはよう、中谷さん」

その声に、心臓が跳ねた。

驚いて顔を上げると、嵩が立っていた。

いつものようで、でもいつもじゃない距離。

「おはようございます……」

「無理じゃなかった?」

「……はい」

ほんの一瞬、目が合う。

それだけで視線を逸らしたくなるほど、胸が熱くなった。

嵩は手をポケットに入れたまま、少しだけ肩を寄せる。

触れない距離。でも、昨日より近い。

「今日さ、仕事終わったら……また、帰ろう?」

「……はい。帰りたいです」

返事をした途端、嵩は小さく息を吸った。
言葉にならない安堵が伝わってくる。

社内カフェスペース。

ホットコーヒーの湯気が、朱里の手元を柔らかく包む。

そこへ、望月瑠奈が席に現れた。

静かな笑顔。それでも目はどこか鋭い。

「嵩くんと、最近よく一緒にいるね」

「……仕事が同じタイミングで終わるだけです」

「ふうん。本当に、それだけ?」

曖昧に笑い返そうとしたけれど、できなかった。

瑠奈はカップを両手で包みながら続ける。

「好きなら、隠さなくていいと思うよ。
 誰かを好きになることに、遠慮なんていらない」

その言い方は優しいのに、どこか刺さる。

瑠奈の言葉の奥にある感情が、ふと掠めて見える。

「……ありがとう。そう言ってもらえるの、救われます」

「救われるだけ? 進める?」

朱里は息を止める。

瑠奈の瞳には、応援でも妬みでもない、もっと複雑な色があった。

“明日じゃなく、今日動かないと手遅れになることもあるよ”

そんな声が聞こえた気がして、背筋が震える。

帰りのエレベーター。

扉が閉まった瞬間、密度が変わった。

「……いこっか」

「はい」

昨日より自然に並べた気がした。

歩幅も、呼吸も、視線の高さも。

会社を出た瞬間、夜風が二人の間を抜ける。

嵩が一度だけ、手を伸ばしかけた。

でもすぐに下ろす。

「触れたいって思うけど……まだ、怖い?」

「……怖いです。でも、触れられたくないわけじゃないです」

「そっか。じゃあ──」

嵩は、触れない距離で手を並べた。

握らず、掴まず、ただ隣に置く。

「まずは、並ぶだけ。
 無理しないで、慣れていこう。
 それで十分だよ」

朱里はそっと指を寄せる。 触れない。でも、

触れたくなる距離。

その距離が、希望になる。

昨夜と同じ横断歩道。

朱里は小さく笑う。

「……昨日と同じ場所ですね」

「うん。だから、一歩進みたい」

嵩が、少しだけ手の角度を変えた。

交わるか交わらないかの距離。

選べる距離。

朱里は息を吸った。

「……手、少しだけ……近づけてもいいですか」

「うん。近づけて? 中谷さんから」

朱里は、震える指先をそっと動かす。

まだ触れない。でも、触れられるところに近づく。

その瞬間──距離が変わった。
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