大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。
第149話 噂は、静かに処理される
月曜日の朝。
オフィスに入った瞬間、朱里は気づいてしまった。
──視線が、増えている。
直接見てくる人はいない。
でも、通りすがりに一瞬止まる会話。
小さく交わされる目配せ。
(金曜日の、あれだ……)
席に着いた直後、瑠奈がひょこっと顔を出す。
「おはようございます!」
「……おはよう」
「昨日、夢に出てきましたよ。
中谷さんと平田さん」
軽く言うな、と思う。
「望月さん」
「はい?」
「余計なこと、言ってないよね?」
「えー、事実しか言ってません!」
その言い方が一番怖い。
そこへ、美鈴が現れた。
「望月」
「はい」
「朝礼前、応接室」
有無を言わせない声。
瑠奈は「え、私だけ?」と首を傾げながら連れて行かれる。
朱里は、胸の奥がざわついたままパソコンを立ち上げる。
少し遅れて、嵩が出社してきた。
目が合う。
何も言わない。
でも、昨日までより少しだけ──近い。
◆朝礼後
社内チャットが静かにざわついている。
《金曜、見た人いるらしい》
《平田さんと中谷さん》
《え、マジ?》
朱里は画面を見て、思わず手を止めた。
(広がってる……)
そのとき、全体チャットに通知が入る。
《業務連絡:私的な噂話・憶測の共有は控えてください。
業務に関係のない内容は、今後注意対象とします。
— 田中》
美鈴だ。
たった三行。
名前も出さない。
でも、十分すぎる圧。
ざわつきは、ぴたりと止まった。
◆昼休み
朱里が給湯室でコーヒーを淹れていると、美鈴が入ってくる。
「朱里」
「……はい」
逃げ場はない。
「大丈夫?」
「……正直、ちょっと怖いです」
美鈴は頷く。
「でしょうね。
でも、もう大丈夫」
「……え?」
「噂は“燃える前”が一番危険。
だから、最初に潰した」
淡々とした声。
「誰かを責める形にすると、逆に広がる。
だから、業務の話にすり替えた」
朱里は、言葉を失う。
「それと」
美鈴は、カップを手に取る。
「平田さんとは?」
「……好き、です」
「知ってる」
即答だった。
「隠し方が下手」
「……すみません」
「謝ることじゃない」
一拍置いて、美鈴は言う。
「ただし、職場では線を引くこと。
それが守れれば、問題ない」
「……はい」
「あと」
美鈴は、ほんの一瞬だけ視線を和らげた。
「自分の気持ち、
人に言えるようになったのは進歩」
胸の奥が、じんわり温かくなる。
◆午後
嵩から、社内チャットが届く。
《美鈴さん、動いてくれたみたいだね》
《……はい》
《ありがとうって言っておいて》
朱里は少し考えてから打つ。
《直接言います》
席を立ち、美鈴のところへ行く。
「田中さん」
「何?」
「……ありがとうございます」
美鈴は、キーボードから手を離さずに言った。
「仕事だから」
でも。
その背中は、頼もしかった。
◆退社前
瑠奈が、こっそり近づいてくる。
「怒られました」
「……でしょうね」
「でも」
にやっと笑う。
「処理、完璧すぎません?」
「……うん」
「平田さん、いい人そうですよ」
朱里は、少しだけ笑った。
「……そうですね」
噂は消えたわけじゃない。
でも、“害のある形”では存在できなくなった。
それだけで、十分だった。
そして。
嵩との距離は、
誰にも邪魔されない場所へ、静かに移動していた。
オフィスに入った瞬間、朱里は気づいてしまった。
──視線が、増えている。
直接見てくる人はいない。
でも、通りすがりに一瞬止まる会話。
小さく交わされる目配せ。
(金曜日の、あれだ……)
席に着いた直後、瑠奈がひょこっと顔を出す。
「おはようございます!」
「……おはよう」
「昨日、夢に出てきましたよ。
中谷さんと平田さん」
軽く言うな、と思う。
「望月さん」
「はい?」
「余計なこと、言ってないよね?」
「えー、事実しか言ってません!」
その言い方が一番怖い。
そこへ、美鈴が現れた。
「望月」
「はい」
「朝礼前、応接室」
有無を言わせない声。
瑠奈は「え、私だけ?」と首を傾げながら連れて行かれる。
朱里は、胸の奥がざわついたままパソコンを立ち上げる。
少し遅れて、嵩が出社してきた。
目が合う。
何も言わない。
でも、昨日までより少しだけ──近い。
◆朝礼後
社内チャットが静かにざわついている。
《金曜、見た人いるらしい》
《平田さんと中谷さん》
《え、マジ?》
朱里は画面を見て、思わず手を止めた。
(広がってる……)
そのとき、全体チャットに通知が入る。
《業務連絡:私的な噂話・憶測の共有は控えてください。
業務に関係のない内容は、今後注意対象とします。
— 田中》
美鈴だ。
たった三行。
名前も出さない。
でも、十分すぎる圧。
ざわつきは、ぴたりと止まった。
◆昼休み
朱里が給湯室でコーヒーを淹れていると、美鈴が入ってくる。
「朱里」
「……はい」
逃げ場はない。
「大丈夫?」
「……正直、ちょっと怖いです」
美鈴は頷く。
「でしょうね。
でも、もう大丈夫」
「……え?」
「噂は“燃える前”が一番危険。
だから、最初に潰した」
淡々とした声。
「誰かを責める形にすると、逆に広がる。
だから、業務の話にすり替えた」
朱里は、言葉を失う。
「それと」
美鈴は、カップを手に取る。
「平田さんとは?」
「……好き、です」
「知ってる」
即答だった。
「隠し方が下手」
「……すみません」
「謝ることじゃない」
一拍置いて、美鈴は言う。
「ただし、職場では線を引くこと。
それが守れれば、問題ない」
「……はい」
「あと」
美鈴は、ほんの一瞬だけ視線を和らげた。
「自分の気持ち、
人に言えるようになったのは進歩」
胸の奥が、じんわり温かくなる。
◆午後
嵩から、社内チャットが届く。
《美鈴さん、動いてくれたみたいだね》
《……はい》
《ありがとうって言っておいて》
朱里は少し考えてから打つ。
《直接言います》
席を立ち、美鈴のところへ行く。
「田中さん」
「何?」
「……ありがとうございます」
美鈴は、キーボードから手を離さずに言った。
「仕事だから」
でも。
その背中は、頼もしかった。
◆退社前
瑠奈が、こっそり近づいてくる。
「怒られました」
「……でしょうね」
「でも」
にやっと笑う。
「処理、完璧すぎません?」
「……うん」
「平田さん、いい人そうですよ」
朱里は、少しだけ笑った。
「……そうですね」
噂は消えたわけじゃない。
でも、“害のある形”では存在できなくなった。
それだけで、十分だった。
そして。
嵩との距離は、
誰にも邪魔されない場所へ、静かに移動していた。