告発のメヌエット
第37話 告白
朝食後、トーマスが私を呼び止めた。
「コレット様、ポストに手紙が入っていましたよ。」
差出人は書かれていなかったが、心当たりがあるとすればダイス先生だろうか。
私は期待を込めてペーパーナイフで開けてみた。
親愛なるコレット様
私はあなたの申し出をお受けすることにしました。
私がしていることやカミル様の死因などについて、私の知る限りのことをお話したいと思います。
それで私のしたことが許されるわけではありませんが、せめてもの罪滅ぼしの機会をいただいたことに感謝します。
10月28日の午後2時に「馬車馬」に参ります。
ダイス・ハミルトン
「10月28日といえば明日ね。
午前中はピアノが搬入されて人がいるけど、午後は空けておくようしてくださる?」
私はトーマスにそう伝えた。
父にもこの件を話すと、一緒に出掛けてくれるとの返事をもらった。
「その日の午後は、ジョージ先生も来ることになっているのだがね。」
「ではその前にお話ができるようにいたしましょう。」
ようやくカミルの死の真相に近づける。
私はそう期待をしている一方で、自分の立場を自ら危うくするような話をしなければならない、ダイス先生のことも気になっていた。
もちろん、私たちを信用して話をする気になったのだろうが、一方でカミルが私たちを遠ざけようと、努力をしていたことも気にかかる。
「聞いてしまえばもう、後戻りはできないのね。」
父も反対していたことだったが、事態が動いてしまった以上、運命に身を委ねる他はないのだと、自分に言い聞かせた。
翌日、私は昼食を済ませて「馬車馬」へ向かった。
子供たちの世話はメアリーにお願いして、夕方には戻るつもりでいた。
父とトーマス、エリック、さらに「馬車馬」のオーエンも同席した。
約束の午後2時、ダイス先生は現れた。白衣に身を包み、大きなカバンを持っていた。
「こちらにコレット様はおられますか?」
「ええ、お待ちしておりました、どうぞ。」とトーマスが招き入れた。
「今日はわたくしの招きに応じてくださり、ありがとうございます。」
「ええ、さっそく一つお願いがございます。
一人けが人をやっていただけないでしょうか。
おそらく私は尾行されていますので、ここに来た理由が自然でなければなりません。」
「ああ、いいぜ。
ここはちょうど改修作業中だからな。
けがをする理由なんざ、いくらでも用意できるからな。」
そうオーエンが答えた。
「助かります。」
とダイス先生は安心した様子だった。
エリックが外の様子を伺うと、ちらちらこちらを見ている人物がいた。
「私は、あなたを裏切ることになるかもしれません。」
先生は静かに言った。
その言葉の裏に、どれほどの苦悩が隠されているのだろう。
私は先生の目を見て、無言でうなずいた。
「それでは、少しお話をしましょう。」
ダイス先生が意を決して私たちに語り掛けた。
「まずは大麻の密輸の件ですが、カザック子爵家のミハイル殿が経営している『エデン』で客に使われています。
私が作っているのはいわゆる『葉っぱ』ではなく、大麻草から成分を抽出した『リキッド』と言うものです。」
「では、葉っぱには関与されていないということですか?」
「ここで売られている『葉っぱ』は、私が医療用と申請した大麻の一部を流用して作られています。
私も製薬した後の大麻草の処分も彼らに頼んでいますので、乾燥させて一緒に混ぜているかもしれません。
それを『葉っぱ』に加工しているのでしょう。」
「そうですか、密輸で運ばれた大麻も、先生の申請で正規に存在が許されるというわけですな。」
「その通りです。
当然普通に輸入できるものではありません。
ですから偽物の交易品証明書が必要なので、それと併せて用途を医療用と申請しているのです。」
「だから伝票が発行できないわけね。
でもその交易品証明書はどなたが?」
「……。」
「まぁ、身の危険を察してのことだろう。
今日は先生が『話ができる』と判断した範囲で構わない。
私たちが知りたいのは、カミル君の本当の死の理由であって、先生の罪の告白ではないのだから。」
ダイス先生は少しほっとしたようだ。
トーマスが緊張をほぐすためにお茶を差し入れた。
オーエンもナッツを提供した。
「まぁ、少し気楽に話をしようじゃないか。
なぁ、コレット。」
「ええ、先生が来てくれて、とてもうれしいわ。」
そう言うとダイス先生の表情も和らいだ。
「私は外科の手術も行いますので、麻酔薬を用意するために、大麻の成分を抽出して薬も作っています。
その過程の中で、樹脂成分が出るのですが、それが『リキッド』の材料になります。」
「その『リキッド』と言うのは?」
「大麻成分を含んだ液体になります。
大麻には薬として有用な部分もあるのですけれども、困ったことに人間には害になる成分も含まれております……いわゆる常習性のある中毒を引き起こします。
薬を抽出した後に残るものは、焼却処分と決められているのですが、これを材料にして、アルコールに溶かしたもの……『リキッド』を作っていたのです。」
「その『リキッド』とは、どのようにして使われていたのかね。」
「その……奥様の前では申し上げにくいのですが……。」
しばらく考えた後、私は意を決して返事をした。
「かまいません、それを知ることがカミルの死を知ることに重要な手がかりであるなら、伺いましょう。」
父は心配そうに私を見ていたが、私の心は決まっていた。
「この『リキッド』は酒に入れて使います。
ちょうど琥珀色なので、ウィスキーに混ぜて使っているのでしょう。
ショットグラスにシングル程度の量を入れて、女がウィスキーのボトルに混入させます。」
オーエンは固唾を飲んで聞いていた。噂の接待の内容だからだ。
「そうすると、気分が高揚し、思考が麻痺します。
そして催淫作用がありますので、女性が『接待』をするわけです。」
この世の快楽とは、このことか。
トーマスは以前聞いた内容の正体がわかって、納得していた。
「女は土産にウィスキーを持たせるわけですよ。」
「どうして?」
「そのウィスキーがなくなれば、客はそれを求めてやってくるわけです。
強力な依存性がありますので、客は自分から来るようになります。」
「だから、顧客管理をしていたのね。
マドラーを使って。」
「はい、そうして客から金を巻き上げる仕組みと、要人を『接待』することで、弱みを握れますので。」
「歓楽街の店にマドラーを客に配る遊びを流行らせたのも、こいつを隠すためだったという訳かい。」
「あるいは、そうだったのかもしれません。」
店の外の人物が何やら探っているようなしぐさを見せた。
「そろそろ頃合いか。エリック、頼む。」
父がそう指示をした。
ダイス先生はエリックに三角巾をかけて、腕を釣った。
私たちはダイス先生を店先で見送った。
もちろん腕を釣ったエリックを見せるように店先で騒いでもらった。
「先生、ありがとよ。」と声をかけた。
「来週、診療所に来なさい。」とエリックに言って、帰っていった。
私は以前、巡回警備隊に保護されたときのカミルの足取りが気になった。
「トーマス、7月16日の朝は、カミルがビッグスの消息を訪ねて騎士団に行った日なのよね。」
「はい、その通りです。」と、トーマスはメモを見ながら答えていた。
「もしもだ、カザック隊長がいたのなら、その日のうちに『接待』が行われたのだろう。
あるいはほかの目的か?
いずれにせよ彼が関与しているに違いない。」
ビッグスの消息を訪ねた先が、カザック隊長の元だったとは。
「その日カミルは酒を飲まされたが、女を抱かなかったのだろう。
酩酊状態になり、手には土産のウィスキーを持ち帰っていた。
そこを偶然通りかかった巡回警備隊に保護された……。」
「そうなると、巡回警備隊もカザック隊長の指示で動いていたってことですかね。
巡回警備隊の取り調べで、カミル様の身元が判明したことになります。」
「カザック隊長の私兵が口封じのために機会をうかがっていた?」
「そうなるな、そこで発注元のアルベルトのところへ相談に行ったのか。」
私はこの時、カミルの身に起きたことを想像すると、震えが止まらなかった。
これは単なる事故ではない。
誰かが周到に仕組んだ、恐ろしい罠だった。
それを仕組んだのは……。
私には今まで見えなかった仇敵の姿が見えるようになったが、それは同時に恐ろしい陰謀を知ることにもなった。
真相に近づくほど、足元が崩れるような不安に襲われた。
私は本当に、この秘密を知ってしまってよかったのだろうか?
「コレット、これからどうするつもりだ?」
父の問いに、私は答えられなかった。
ただ、胸の奥にある恐怖だけが、重くのしかかっていた。
父とともに家路についたが、二人ともただ押し黙っているばかりだった。