告発のメヌエット
第48話 接触
「それじゃ、お疲れ様。また明日も頼むよ。」
オーエンがバーバラを見送ると、一人の男が近づいてきた。
「悪いがもう閉めるところなんだ。」
「邪魔するつもりはない、聞きたいことがあるだけだ。」
男は若く、武術の鍛錬をしているような均整の取れた体つきをしていた。
「先日、ダイス医師がここへ立ち寄ったようだが、何か知っていることはないか?」
「さて、ね。最近はおかげさまで少しは繁盛するようになったから、客の一人じゃないのか?」
「いいや、昼間の話だ。何度かここに来ているはずだ。」
「そう言えば、大工仕事をしているやつが、現場でやらかして、腕を折ったってことがあったな。
その時の先生じゃないのか?」
「邪魔をしたな。」
男はオーエンがよどみなく話す様子を見て、これ以上のことは聞き出せないと思ったのか、そう言って去っていった。
オーエンは「馬車馬」に入り、カウンターのトーマスとエリックに声をかけた。
「どうやら探りを入れて来たようですぜ、旦那。」
スコッチを気分よく飲んでいたエリックは、トーマスに「釣れますかね?」と尋ねた。
「どうだろうな。」
そう言ってトーマスは席を立ち、
「世話になった、また来る。」
と言って「馬車馬」を後にした。
トーマスは一人で帰っていると、その様子を見ながら後をつける人物がいた。
その人物は徐々にトーマスに近づいていった。
どうやら見失うまいとして、尾行に集中していたようだ。
「何かわしに用か?」
と、トーマスは急に振り返って男に尋ねた。
男は慌てて、「いや、別に用はない。」
と答えるが、背後からエリックが声をかけた。
「こちらは用があるのだがね。」
そう言いながら深々と被った男の帽子をとると、
「エリックさん?」
とびっくりしたような声を出した。
「なんだウェッジじゃないか。
まぁちょっと付き合ってもらうぞ。」
「知り合いか。」
「警備隊時代の後輩です。
まぁその話はこれから聞くとしましょう。」
トーマスたちは「釣り」の成果を連れて、「馬車馬」に戻っていった。
「お疲れさん、上手く釣ったようだな。」
「ああ、そうだな。」
エリックはウェッジをカウンターに案内し、隣の席に腰掛けた。
「おい、お前、この人のあとをつけてどうするつもりだったのかい?」
「ええ、隊長から、この店のことを調べて来いと言われんですよ。
それで、この人常連みたいなので、何か知っていないかと……。」
「それで、お前はどうしてこんなことをしているんだ?」
「今日は自分、巡回警備は非番ですので、隊長の仕事を手伝っているのです。
一晩で大銀貨1枚ですよ。そりゃ喜んでやりますよ。」
警備隊の中でたまにある、隊長の『私用』を手伝う小遣い稼ぎだった。
表立って「エデン」の私兵を動かせないような用事をさせていたらしい。
事実ウェッジは詳細を聞かされていなかった。
「なんでもダイス医師から逃げた女がいるってことで、立ち寄った店が怪しいから調べろとの話ですから。」
「それで、何かわかったのか?」
「それが全く。」
「実はな、その先生は俺に会いに来てくれたんだよ。」
「エリックさんにですか?」
「これだよ。」
と言って三角巾で釣った腕を見せた。
「ここの経営をうちの旦那がやることになってな、ご覧の通り大幅な改修をしたんだよ。
その作業中にやっちまったんだ。
ダイス先生はうちのホームドクターだからな、世話になったってわけだ。」
「あ、そうだったんですね、それじゃそのように隊長に言っておきますね。」
ウェッジは報告する中身ができたことを喜んでいた。
「君、少し待ちたまえ。君は独り者か?」
と、オーエンが声をかけた。
「ええ、まだ相手がいませんので。」
「そうか、お前にはまだそういう女はいないのか。
実はこの店にはな、金曜日になると女の子がいっぱい来るんだよ。」
「え、エリックさん、本当ですか?」
「ああ、そうだ。ほぼ満席になる位にな。」
ウェッジの頬は緩んでいた。
その様子を見てオーエンが話を続けた。
「君はなかなかいい男じゃないか。
そこでだ、カウンターにいるバーバラに話を通しておくから、いい娘を紹介してもらうといい。」
「え、いいんですか。」
「なに、かまわんさ。
あそこにある特別席に、その娘と二人で座ってほしいんだよ。
こいつはそのための『マドラー』だ。
二本渡そう、指定席になっているからな、うまくやれよ。」
「マスター、ありがとうございます。」
「その代わり、ちょくちょくこの店に通ってくれればいいんだよ。
もちろんエリックの後輩だから、安くしておくよ。」
「でも、いったいどうしてそんなことを。」
「『釣り』だよ。
女性客の見栄のためのな、えさだ。」
エリックはウェッジに親指を立てて見せた。
「危ない小遣い稼ぎよりも、こっちの方が安全で楽しいぞ。」
「いいんですか、俺なんかが……。」
そうウェッジが言うと、
「ちょっと待て。」
と言ってエリックがトーマスに耳打ちして、何か相談していた。
「君が話をしたがっていた、トーマスだ。
お察しの通り、常連ではある。
ついでにここの支配人をしているのだよ。」
「足しげく通う老人というのは、支配人でしたか。」
「それで、隊長からはなんと言われているのだ?」
「ええ、この店に怪しいところがないか、常連客や従業員から情報を得て、内偵しろと言われました。」
「どうしてこの店を?」
「ダイス医師の担当者から、この店に出入りしていると報告があって。
彼には不法移民をかくまっている疑いがあるのです。
実際逃げた女はクアール人ですので、手術後に逃がしたのではないかと言われています。
しかしエリックさんのけがだったのですね?
だから先生は往診のためにここを訪れていたと。
まさか女を連れて往診はしないでしょうから。」
「まあ、疑惑がなくなったのなら、それでいい。
ところで先ほどの話だが、ここに来る女性客の相手をしてほしいのだよ。
手が空いているときには女性客に対して給仕をしてもらうがな。
こちらは一晩で大銀貨1枚出そう。」
「え、いいんですか?」
「もちろん、君の働きで客の何人かが常連になってくれれば、それで十分なのだよ。
どうだ? やってみないか?」
「はい、喜んでやらせていただきます。」
「話は決まりだな。金曜日の夕方から出勤するように。」
「はい、かしこまりました。」
「ではな、よろしく頼む。」
ウェッジは意外なところで小遣い稼ぎができ、まして女の相手をするという好待遇に心を躍らせていた。
「よかったじゃないか、うちも『男手』が足りなくて困っていたんだよ。」
「喜んでお手伝いさせていただきます。」
「ああ、頼んだぞ。」
そう言ってウェッジを送り出した。
「……釣れますかね?」
「ああ、いい餌になると思うがね。」
二人は、カザック隊長にこちらから情報を流す窓口として、彼を利用することにした。
やがては隊長本人を引き出す「餌」としての働きを期待して。