告発のメヌエット

第50話 戦略


 聖カトレア学院の生徒会室は、学院のパーティーを翌週に控え、いつもよりも活気に満ちていた。
 学院生主催で行われるこの行事にスポンサーが付き、規模も大きくなったために、それを取り仕切り運営する生徒会は大忙しだった。
 
 私はトーマスとエリック、それからジョージ先生と一緒に生徒会室を訪れた。
 もちろんアイリス皇女からの依頼である、ジョージ先生とおそろいの衣装も持参していた。

「お待ちしておりましたわ、コレットさん。
 今日は学院祭の打ち合わせにお越しいただきまして、ありがとうございます。それで、その……。」
 
 ジョージ先生も一緒と気づくとすっかり乙女になるのね。
 私はその様子を見て気合が入った。

「今日は、パーティーの進行とタイムテーブルが決まったので、イベントの確認をしていただこうと思いまして、お越しいただきました。」

 そう言ってアイリス皇女はパーティーのプログラムを皆に配った。

「パーティーは立食形式で行われます10時30分に受付と開場となりまして、11時に主催者挨拶、イベントの紹介を行います。
 ここでわたくしとともにジョージ君とお弟子さんの紹介をいたします。」

「私の演奏は、その後ですか?」

「いいえ、会場入りしたお客様に少し楽しんでいただこうと、10時40分から演奏をお願いします。
 パーティー開始時間まで、BGMをお願いします。」

「わかりました。そこはアリスのリハーサルにしましょう。」

「ジョージ君ではないのですか?」

「ええ、ここはアリスにお願いしようと思います。
 この日がデビューなので、リハーサルの機会をいただけるとありがたいのですが。」

「まあ、初めての演奏なのね。わかりました。」

 私は衣装について話を進めた。

「この時間にですね、ジョージ先生とアイリス様には、衣装を着けてもらいます。
 簡単に着れますので、お手間はそれほどかからないかと思います。」

「まぁ、ついにジョージ君と並んで歩けるのですね。」

「ええ、コンセプトは『聖女』です、ジョージ先生には護衛役と、アリスには従者の格好をさせますので、会場入りした皆さんにも喜んでいただけると思いますよ。」

「そうなのですね。それではピアノの配置と私たちが壇上に上がるルートを考えると……。」

 アイリス皇女は夢中になって具体的な設営を考えていた。

「アイリス様、今回の催しの目的とコンセプトを教えていただけますか?」

「ええ、秋に入学した新入生や新しく赴任された先生方、その方々と、上級生との交流を目的にしています。
 さらに、学校の運営を支えてくださっている貴族の皆様や、学食の運営の携わっている食堂の代表などにも参加していただきます。
 それからスポンサーになっていただいた商会、これはもちろんあなた方なのですが、そういった方々との交流を進める社交の場を、生徒会が主催しているという訳なのです。」

「なるほど、学院生と学校の運営に協力している企業などと交流を持つということですな。
 それはいいお考えです。」

 トーマスがうなずいていた。

「それから、これは卒業する学院生にとっても、貴族や企業に自分を売り込むチャンスでもあるのです。
 この機会に人材を求めている方々がパーティーへ出席されて、めぼしい人材に声をかけているのですよ。」

「そうなのですね、わかりました。」

「ハイマー商会には、会場の入り口付近、ホワイエを利用していただき、そこで服飾の販売と、ちょっとしたショーを行うのでしょう?
 そちらをお使いになってくださいますか?」

「ええ、承知いたしました。」

「それからジョージ君たちには会場のピアノを演奏してもらうのですが、一通り来賓などの紹介が終わった後になります。
 それまでは控室でお過ごしください。
 そちらに昼食を用意させておきますので。」

「お気遣い、感謝いたします。」

「再びステージでピアノの演奏をしていただくのは、12時30分から13時30分を予定しています。
 そのころに閉会の挨拶をして、会場を閉めて片づけを始めるのは14時ごろになります。」
 
 学院生の自主的な企画とはいえ、細部にまで行き届いたものだった。

「コレット・コレクションの紹介をしたいので、コレットさんにも壇上へあがっていただきますわ。」

「ええ、もちろんです。アイリス様のお役に立てるのであれば、喜んで。」

「パーティーの最後の方になると思います。
 それから、一つお願いしてもいいでしょうか?」

「ええ、何なりと。」

「この会場は時間になったら閉めるのですが、ホワイエは普段から解放していますので、夕方までそのまま使えるのです。
 ハイマー商会には夕方まで販売をしていただいて、私も参加してランウェイを歩いてみたいのです……ジョージ君と一緒に。」

「いいですよ、アイリス様。
 わたくしをご指名いただき、光栄に思います。」
 
 アイリス皇女は顔を赤くしてうつむいていた。

「イベントの流れは把握できました。
 今日はお時間をいただきありがとうございました。」

「ええ、こちらこそ。それから皆さんにはこの後兄からお話があるそうです。」

「わかりました。」

 アイリス皇女は侍女に指示を出した。

「お兄様を呼んで頂戴、それからノールにも声をかけてね。」

「かしこまりました。」

「お茶でも飲んで、ゆっくりして頂戴。」

「それでは私は師匠のところに挨拶に行きますので、今日のところはこれで失礼いたします。」

「……今日はお会いできてうれしかったわ。
 当日の演奏を楽しみにしています。」

「はい、必ずやアイリス様のご期待に応えて見せましょう。」

「それではまた、ごきげんよう。」

 そう言って退室するジョージ先生の後姿をアイリス皇女は寂しそうに眺めていた。


 クリス皇子がノールを伴って部屋に入ってきた。
 私たちは立ち上がり、一礼しようとした。

「いや、そのままでよい。」とクリス皇子が声をかけた。

「ノールから話を聞いている。
 クアール人の少女を保護してくれて、感謝する。
 彼女がどのような扱いを受けていたかも報告が上がっている。
 もはや国際問題の火種にもなりかねない事態だ。」

「ええ、そうですわ。
 わたくしたちは教会を通じて食料や物資の支援をして復興を手助けしながら少しずつ信頼関係を築いていこうとしているのです。」

「そんな中、ニナという少女の処遇が話題となった。
 彼女はここで幸せに暮らしていなければならないのだよ。
 平和の象徴として。」

「『エデン』に連れて行かれた時は、浮浪児同然だったと聞いていますが。」

「クアールの有力者の娘でな。
 家が夜襲に会い、父親が逃がしたそうだ。
 もうその家族はいないのだが。」

「まさか、民間人を手にかけたのですか?」

「ああ、戦功欲しさに民間人を襲った愚か者がいたようだ。
 しかも夜襲などと卑劣なことを。
 そうして民から略奪し、凌辱していったんだ。」

「戦争が終われば等しく我が帝国の民となるのに、だからこそ民間人に被害を出してはならなかったのだ。
 それを行ったのはカザック子爵の私兵たちで、ミハイルが指揮をしていた。
 ニナはその生き残りなのだ。」

「いくらきれいごとを言っても、それが戦争の現実なのですね。」

「ああ、だからこそ軍規にもそう記してあるのだ。
 ミハイルは裁かれなければならない。」

 いつも穏やかなクリス皇子の表情は険しくなっていた。

「そこで、ミハイルを断罪すると同時に『エデン』の件も調査する。
 まずはミハイルを軍規違反で拘束し、身柄を確保する。」

「すでに逮捕の案件があるというのですな。」

「その通りだ、それから大麻の件を証言してもらおう。
 カザック子爵にも謹慎するようにして、身柄を確保。
 その上で証拠を集める。」

「そしていよいよ、オルフェ侯爵へと至るのですね。」

「ああ、いよいよだ。
 カミルの無念を晴らそうではないか。」

 クリス皇子は熱く語った。
 カミルのためと言うよりは、王族のプライドのため、堂々と行われている不正を許すことが出来ないのだ。

「私から一つ、お願いとご提案があるのですが。」

「許す、申せ。」

「はい、『エデン』で扱われている大麻やそこから作られる『薬』を作っているダイス医師の証言を得ました。
 彼も診療所の運営資金をオルフェ侯爵に援助を受けている都合上、逆らえないのです。
 ですので、診療所の運営を助ける寄付を集めてはいかがでしょうか。」

「なるほど、彼が手を貸さなければ、大麻は流れなくなるということだな。」

「ええ、そのためにも公正な、独立した基金が必要なのです。」

 アイリス皇女はしばらく考えていた。

「今回のパーティーに、オルフェ侯爵もカザック子爵も招待されています。」

「それに警備隊も会場警備でミハイルも来ているとなると、揺さぶりをかける好機ですね。」

「そのようだな。
 ダイス医師とともに、コレット夫人、壇上に上がってもらえるか?」

「ええ、もちろんそのつもりです。」

「……肝の据わった女性は、嫌いではない。
 カミルが惚れた理由もわかるというものだ。」

「女は母になると、強くなるのですわ。」

「よろしい、ではアイリス、そのように寄付を募る呼びかけを行うのだ。
 最後の挨拶前にどうだ?」

「ええ、そのようにいたします。」

 こうして私たちの戦略は決まった。

 ダイス医師と私が壇上に立つことで、事件の関係者二人が揃って喧嘩を売るのだ。
 さぞかしオルフェ侯爵も肝を冷やすに違いない。

 私はようやく訪れたこの機会に感謝し、静かに闘志を燃やしていた。
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