告発のメヌエット

第7話 疑念


 午後2時を少し過ぎたころ、ダイス先生がやって来た。
 父と執務室で話をしていたが、そこに私が呼ばれることになった。

「さて、奥様もお見えになりましたので、お話させていただきます。
 少々ショッキングなことも含まれますが。お話しても?」

「ああ、かまわない。」と父が怪訝そうに答えた。

「これは私が書いた死亡診断書を助手が複写したものです。
 そこに私がわかりやすく注釈を加えてあります。」
 
 そこにはカミルがどのような状態で発見されて、死亡の原因と推測される事柄などが記されていた。

「カミル様は、ルイウ川の川岸で発見され、兵士に調書には酒に酔って転落したものと書かれていました。
 しかしカミル様には、川に転落して溺れた形跡がなかったのです。」

「と、いいますと?」

「川の水は飲んでいなかったのです。
 おぼれて死んでしまう人は、慌てて呼吸をしようとして水を飲んでしまうのです。
 肺にも水が入り込んでいませんでしたし、胃の中も調べましたが、川の水は飲んでいませんでした。」

「では夫は川には落ちていない、ということですか?」

「その可能性が高いでしょう。
 さらにカミル様には死後強直がみられませんでした。」

「それは、どういう意味でしょうか?」

「亡くなってから時間が経っていたことになります。
 少なくとも3日前にはなくなっていたということです。」

「そんなはずはない。私が領主邸に行ったときに、カミル様は私に会いたくないと伝言されましたので。」

 トーマスが慌ててそう言った。

「しかし、その時に姿を見てはいないのだろう?」

「はい、確かに。
 しかし領主様は私にそのようにお話されていましたので、てっきり……。」

 そう言われれば、なんとなく違和感はあるが、確証はない。
 偶然ということもあり得ることだし、仮にも兄弟なので、疑うことはしたくなかった。
 しかしそうであれば……すでにカミルは死んでいたことになる。

 兄の思惑とは、一体?

「それから、大変申し上げにくいことですが、カミル様は大麻を吸っておられましたか?」

「いいえ、そんなことはありませんでした。」

「そうですよね、肺はきれいでしたから。」

「?」

「そうなると、やはり飲食物ですかね。
 今分析をしているところなので、確定ではありませんが、胃の残留物から大麻特有のにおいがしたものですから。」

「ええ? 夫が大麻ですか?」

「何か思い当たることはありませんか?
 急に怒りっぽくなったとか、言っていることが支離滅裂になるとか、嫉妬深くなり、ありもしないことを言うとか。」

「それはお酒のせいではありませんか?」

「確かにお酒でこのような症状の方はおりますが、それはごく一部の依存症になった方です。
 旦那様は酒を飲んでもお仕事はされていたのでしょう?」

「ええ、そうですね。
 カミルは付き合いで酒は飲んでも、身持ちを崩すことはありませんでしたので。」

「でしたら当てはまりませんね。
 そこは街の人たちの話と一致しています。」
 
 私には全く身に覚えのない話だった。

「私の所見では、かかとに引きずられたときにできる、傷がありましたので、川に転落したのではなく、死後に川岸まで運ばれたのではないかと推測します。
 おそらく死因は中毒死ではないかと。」

「ではカミル君は何者かに殺害されただと?」

「いいえ、断定はできません。
 その可能性があると申し上げたにすぎません。」

 ダイス先生の話は全く予想もつかないことばかりだった。

「私の話は以上です。
 これを調べてカミル様に何が起こったか……。
 推測することはできても、いつ、誰が、何のためにこのようなことをしたかということは、残念ながら、わかりません。」

「そうであったな。
 先生のお時間をとらせてしまってすまなかった。」

「いいえ、これも仕事ですので。
 ただ、騎士団に提出する報告書には、発見時の状況の通りに川に転落したことにして、大麻のことは伏せておきましょう。
 まだ推測の域を出ないことですので……。
 こちらに身の危険が及ぶことになっても困るでしょうから。」

「先生、感謝する。
 たとえ解決とはいかなくとも、カミル君に何が起きたかがわかっただけでも、今は一歩前進だと思うことにしよう。
 お前もそれでいいな、コレット。」

「はい、お父様。このお話が聞けて良かったですわ。」

 そう言ったものの、私はまだ納得できなかった。
 夫は、誰かの手で、計画的に、密かに殺された。
 なぜ、そうでなければ……ならなかったのか?

 その疑問だけは、いつまでも私の心に残り続けていた。
  
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