不幸を呼ぶ男 Case.2
【桐生院家・邸宅】
一方的に切れた電話を
彩音は、恨めしそうに見つめていた
そして
スマートフォンを叩きつけるように置いた
彼女はカーテンの隙間から外を見る
夜中だというのに
家の周りには、まだマスメディアのハイエナたちが
うろついている
彩音:(……ここから、一人で脱出しなければ)
彼女は、内線で秘書の橘を呼んだ
彩音:「橘」
彩音:「今すぐ、年の近い使用人の女を一人、私の部屋へ」
橘は、何も聞かずに頷いた
数分後
彩音の部屋に、一人の若いメイドが
おずおずと入ってくる
彩音は、クローゼットから
自分のお気に入りの、派手なロングコートと
大きなサングラス、そして、顔を隠すためのスカーフを取り出した
彩音:「……これを、着なさい」
メイドは、何が何だかわからない、という顔をしている
彩音は、メイドの肩を掴むと
有無を言わさぬ口調で、命じた
彩音:「いいこと、あなたは、今から、『私』になるのよ」
彩音:「橘が、あなたを車に乗せて、ここから出る」
彩音:「マスコミが、必ず、その車を追ってくるわ」
彩音:「あなたは、ただ、顔を隠して、後部座席に座っていればいい」
橘:「奥様……それは、あまりに危険です!」
彩音:「黙りなさい」
彩音:「私には、一人で行かなければならない場所があるの」
その、女帝の、絶対的な命令に
橘は、もう何も言えなかった
作戦は、開始された
橘は、彩音に変装させたメイドを連れ
正面玄関から、堂々と出ていく
橘:「奥様!こちらへ!」
その声に
門の外で待機していたマスコミが一斉に反応した
焚かれる、無数のフラッシュ
怒号のように飛び交う、記者たちの質問
メイドを乗せた黒い高級外車が
勢いよく発進する
それを
何台もの、マスコミの車が、一斉に追跡していった
嵐が、過ぎ去った
邸宅の周りには
ほんの数人の記者しか残っていない
その、静寂の中
邸宅の裏口
使用人用の、小さなドアが、静かに開いた
そこから、黒い服に着替えた彩音が
亡霊のように、姿を現す
彼女は
あらかじめ、ガレージの裏に隠しておいた
もう一台の、目立たない国産車に乗り込んだ
そして
エンジンを始動させ
マスコミとは、全く逆の方向へと
静かに、車を走らせていった
女帝は、今
ただの、母親になった
たった一人の、愛する息子を救うため
彼女は、一人
最後の戦いの舞台
品川埠頭を、目指す