黄昏乙女は電車で異世界へ 恋と運命のループをたぐって

4

 友人とは駅で別れた。

 まだ時刻は九時前で、駅前の大きな本屋が開いていた。急いでそこに駆け込む。目当ては『廃宮殿の侍女』。本邦未公開ながらも映画化もした作品だから、人気作なはず。

 エレベーターで二階に上がり、文庫本の海外の棚を探して回った。

 見当たらず、階下に向かうエレベーターに乗った。無人だった。

 ここで新しい『廃宮殿の侍女』を見つけたとしても、きっとさらの本と同じだろう。友人が記憶している通り、ハッピーエンドの物語として存在しているのだ。

 どうしようもなく心が騒ぐが、事実なら受け入れるしかない。

 (帰ったら、読もう)

 さらにとってはもう新たな物語と同じだ。話の流れが非常に気になる。明日は休みで伯父宅に顔を出す必要もなくなった。ぽっかり空いた自由な時間は心を明るくする。

 たったワンフロア降りるだけなのにエレベータが遅い。さらは一階のボタンを何度か押してみた。

 ほどなくチンと音が鳴り、ドアが開いた。空いたドアの向こうは暗い空間が広がるばかりだ。咄嗟に倉庫の階に着いてしまったのかと思った。

 ドアを閉じようとボタンを押すが、反応しない。フロアの表示は一階を示している。

 緊急ボタンを押すべきか迷った。一旦降りて、階段を見つける方が早いかもしれない。さらはそう決めてエレベーターを降りた。故障で狭い箱の中に閉じ込められるのでは、と少し怖かった。

 暗がりの中に身を置いた瞬間。厚い空気の膜が圧力を持って彼女を包んだ。体の周囲に密な空間があるのを感じた。

 (まさか……)

 この感覚を知っていた。しかし、ここは駅ではない。電車内でもない。

 そこは時間の隔たりだった。どこにも所属しない。ただ、あらゆる時間と繋がるゲートで身を置いた者を運ぶ。

 (また、始まる)

 さらはトリップについて考えたことがある。

 なぜ自分なのか。

 彼女はその答えを見つけられないままだ。しかし、再び異世界に向かってしまう理由には気づくことができた。

 意図せずとも異世界の地を踏み、関わった。そのことで彼女には徴が付き、向こうの世界との道ができた。

 徴がある彼女だからゲートに導かれた。そして、普段は固く閉じたゲートが開く。その鍵は彼女の意思だ。

 それを彼女はもうわかっていた。

 (わたしが望んだ)
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