黄昏乙女は電車で異世界へ 恋と運命のループをたぐって
9
「好みの顔だ。肌も美しい」
金髪の手に大柄がナイフを渡した。さらは涙を流してその切っ先を見つめた。
止めてと言っても通じない。それはわかっている。恐怖と干上がった喉はそれでもその言葉を発した。
「止めて……」
金髪は不思議なものを見るような目を向けた。奇妙な柄の虫でも見る、そんな視線だった。迷いもせずに彼女の胸元にナイフを走らせた。すっと切り下げる。ドレスの布が切れ、コルセットがのぞいた。
「おい」
その声に大柄な男がさらの胸に屈んだ。力任せにコルセットを引きちぎる。紐が千切れ胸が露わになった。恥じらいよりも衝撃と恐怖で、彼女はただただすくんでいた。
金髪がズボンの下ろした。もう目的は明らかだ。さらはそこで弾かれたように抵抗した。
絶対に嫌だった。屈したくない。
「若のご希望に添え。死にたくはないはずだ」
懸命に抗う彼女に大柄がまた頬を張った。涙まみれの頬をぐっと両手で挟んだ。
「口を開けろ」
無理やりこじ開けられた口に金髪がズボンから出した性器を押しつけた。ぬれたそれが気味悪く、さらは吐き気を催した。何度かえずき、少し吐いた。その口に無理に押し込んでくる。
唇を固く閉じ、堪えた。大柄が鼻をつまみ、こじ開けようとする。息が耐え切れず少し開いた唇にねじ込まれた。金髪はさらの後頭部を抑え、強く抱え込む。
そこで大きな音を立てドアが開いた。数人の足音がして人がなだれ込んでくる。
金髪が驚き、さらから手を離した。彼女は彼から必死で逃れ、縛られた手で肌を隠した。
緋の上着を着た兵士たちだ。それが五人剣を抜いて金髪と大柄な男に対峙している。無勢の二人は惚けたように立ち、彼らを見ている。
一人遅れて部屋に入って来る。長身で黒髪の痩身。その姿にさらは見覚えがあった。大柄が素早く跪いた。
(陛下……)
王子の父の王だ。彼は金髪の前に立った。
「良いでしょう? 父上。遊んだって、良いでしょう?」
あどけない口調。小首を傾げて父を見る様は悪びれもせず無邪気だった。その時、この金髪が王子の兄の第一王子であると気づいた。
(そう言えば、大きな男も「若」と呼んでいた)
王はそれに答えず、自身の上着を脱いだ。それを兵士に渡す。受け取った兵士がさらの肩に羽織らせて、手の紐も切ってくれた。
「遊んだ後で返すから。あいつは気づかない…」
そこで第一王子の声が止まった。
その後、ごろんと硬い何かが床に落ちた音がした。それは彼の首だった。まだ目も口も開けたまま、金髪を乱して転がっている。王の手には血にぬれた剣があった。
さらは声も出なかった。
「あ……、あわわ、ああ……っ!」
主人が殺され、悲鳴を上げた男を兵士が挟んで捕らえた。命を待たずに彼はそのまま外へ連行されていった。
王はさらに向き、片膝をついて彼女に目線を合わせた。
「酷い目に遭わせた。済まなかった。気が晴れることはないだろうが、二度とはない」
「……はい……」
「もっと早くにこうすべきだったのに。長く、息子を獣だと信じたくなかった。こんな後手に回って済まない」
「……あの、…………無事でした」
それだけを返すのが精一杯だ。王は頷いてからさらを立たせてくれた。
「クリーヴァーを呼ぶべきか?」
「……いえ、婆やを呼んでいただければ」
王はさらの言葉を受け、兵士を一人連絡に出した。
「望むなら、この出来事はクリーヴァーに秘しても構わない。私も他言しない」
少し迷ったが、さらは首を振った。
彼の兄の死が絡んでいる。秘密を押し通すのはきっと違う。王子は取り乱すかもしれないが、さら自身の不用意さもあった。それも含めて遭った被害は知らせるべきだと思った。
「そうか」
第一王子の首は今も床に転がったままだ。王からの指示がないので、兵士も手を出すこともなく屹立し控えているだけだ。
そんな意思もないのにふと視線が首に流れて、さらは慌てて目を逸らした。
どれほどかしてドア口に婆やの姿が見えた。すぐに非常な部屋の様子を察し、身を固くしている。
婆やに伴われ外へ出た。
大判のショールの下で肩が震えている。助かったからいいようなものの、何かが少しずれていたら……、そう思うと涙が溢れてくる。
宮殿に着いてすぐに浴室に向かった。婆やが湯の用意をしてくれていた。
「悪いわね、もう下がっている時間なのに。博士に申し訳ないわ」
「そんなこと……! うちの人はいい気分で飲んでいますよ。今日は地方から来た話し相手が大勢いいますから」
鏡で見た顔は赤く腫れていた。骨の異常はないと思うが、明日にはあざになっているだろうと気が滅入った。衣装を脱いだ後の脚もひどい。火かき棒で殴られた箇所が切れて傷になっていた。湯を流すと顔をしかめるほどに傷んだ。
特に触れられた場所はない。神経質に口を何度もすすいだ。性器を唇に押し当てられ歯にも当たった。あの感触がしつこく残って泣いた。卑怯なだけでなく、欲望に異質なものを感じた。
「良いでしょう? 父上。遊んだって、良いでしょう?」。「遊んだ後で返すから。あいつは気づかない…」。
あの言葉は異常だ。王は彼を「獣」と表現していた。あの行為を「遊び」と捉えているのなら、さらだけではない。別の誰かも被害に遭っていると見ていい。
傷の手当てをしてからベッドに横になった。眠れないまま時間だけが過ぎた。
ドアの開く音に目を開けた。眠っていたのではないが、はっとなる。すぐに身を起こしかけて、それを止める腕に気づいた。
「サラ、僕だ」
淡い灯りに礼装のままの彼の姿が浮かんだ。そのすらりとしたシルエットに緊張が解けた。光を受けて青の混じる黒髪も彼女を落ち着かせた。
王子はベッドに乗り、彼女を抱きしめた。彼の胸に当たる頰が傷んだ。自分なりに整理をつけたはずが、この抱擁に感情が溢れて来るのがわかった。
「父上から聞いた。側にいなくて悪かった。一人にして済まなかった」
この日彼女が式典に参加していたとしても、また別の日を狙われただけだ。そしてその時は逃れられるとは限らない。
「いいの。無事だったから。いいの」
堪えた恐怖が溶けて流れていく。
またぶり返すことはあるだろう。けれど、今この時はあの痛みも怖さも忘れて、安らいでいられた。
「不用心だった。ごめんなさい……、安易について行ったりして…」
「そうじゃない。姉やのせいじゃない」
彼がさらの涙を唇で受けた。優しい仕草が嬉しくて、うっとりとなる。頬から唇にキスが滑り、彼女はたじろいだ。暴力を受けたそこが汚されてしまったように感じたから。
王子が彼女の夜着の紐を解いた。開いた胸元に入った手が肩から夜着を落とした。さらの手も彼の上着のボタンに延びた。
何度も口づけ合い、互いの肌に触れ、重なる。
「愛している」
そのことで痛烈な記憶が上書きされるような気がした。王子の中でも同じ作用があるのならいいのに、と思う。
「愛している」
彼は特別だと思う。
自分の中に彼を入れる場所があって、そこには彼しか入れない。彼だから、心が開く。
彼女の開いた心に彼の思いを注いで満たしてくれる。
「わたしも……。リヴしか要らない」
「僕が殺せなくてすまない」
さらは彼の頬を手で包んだ。重なり見つめ合いながら、言葉の重さを味わった。王子の本心だ。叶うなら、機会を見つけて彼はきっとそうするだろう。
王が既に第一王子に手をかけてくれたことを心から感謝した。彼にはもうさらの為に手を血で汚してほしくない。それは何も生まないばかりか、彼の心を再び蝕んでいく。
彼女は首を振った。
「もう終わったの」
金髪の手に大柄がナイフを渡した。さらは涙を流してその切っ先を見つめた。
止めてと言っても通じない。それはわかっている。恐怖と干上がった喉はそれでもその言葉を発した。
「止めて……」
金髪は不思議なものを見るような目を向けた。奇妙な柄の虫でも見る、そんな視線だった。迷いもせずに彼女の胸元にナイフを走らせた。すっと切り下げる。ドレスの布が切れ、コルセットがのぞいた。
「おい」
その声に大柄な男がさらの胸に屈んだ。力任せにコルセットを引きちぎる。紐が千切れ胸が露わになった。恥じらいよりも衝撃と恐怖で、彼女はただただすくんでいた。
金髪がズボンの下ろした。もう目的は明らかだ。さらはそこで弾かれたように抵抗した。
絶対に嫌だった。屈したくない。
「若のご希望に添え。死にたくはないはずだ」
懸命に抗う彼女に大柄がまた頬を張った。涙まみれの頬をぐっと両手で挟んだ。
「口を開けろ」
無理やりこじ開けられた口に金髪がズボンから出した性器を押しつけた。ぬれたそれが気味悪く、さらは吐き気を催した。何度かえずき、少し吐いた。その口に無理に押し込んでくる。
唇を固く閉じ、堪えた。大柄が鼻をつまみ、こじ開けようとする。息が耐え切れず少し開いた唇にねじ込まれた。金髪はさらの後頭部を抑え、強く抱え込む。
そこで大きな音を立てドアが開いた。数人の足音がして人がなだれ込んでくる。
金髪が驚き、さらから手を離した。彼女は彼から必死で逃れ、縛られた手で肌を隠した。
緋の上着を着た兵士たちだ。それが五人剣を抜いて金髪と大柄な男に対峙している。無勢の二人は惚けたように立ち、彼らを見ている。
一人遅れて部屋に入って来る。長身で黒髪の痩身。その姿にさらは見覚えがあった。大柄が素早く跪いた。
(陛下……)
王子の父の王だ。彼は金髪の前に立った。
「良いでしょう? 父上。遊んだって、良いでしょう?」
あどけない口調。小首を傾げて父を見る様は悪びれもせず無邪気だった。その時、この金髪が王子の兄の第一王子であると気づいた。
(そう言えば、大きな男も「若」と呼んでいた)
王はそれに答えず、自身の上着を脱いだ。それを兵士に渡す。受け取った兵士がさらの肩に羽織らせて、手の紐も切ってくれた。
「遊んだ後で返すから。あいつは気づかない…」
そこで第一王子の声が止まった。
その後、ごろんと硬い何かが床に落ちた音がした。それは彼の首だった。まだ目も口も開けたまま、金髪を乱して転がっている。王の手には血にぬれた剣があった。
さらは声も出なかった。
「あ……、あわわ、ああ……っ!」
主人が殺され、悲鳴を上げた男を兵士が挟んで捕らえた。命を待たずに彼はそのまま外へ連行されていった。
王はさらに向き、片膝をついて彼女に目線を合わせた。
「酷い目に遭わせた。済まなかった。気が晴れることはないだろうが、二度とはない」
「……はい……」
「もっと早くにこうすべきだったのに。長く、息子を獣だと信じたくなかった。こんな後手に回って済まない」
「……あの、…………無事でした」
それだけを返すのが精一杯だ。王は頷いてからさらを立たせてくれた。
「クリーヴァーを呼ぶべきか?」
「……いえ、婆やを呼んでいただければ」
王はさらの言葉を受け、兵士を一人連絡に出した。
「望むなら、この出来事はクリーヴァーに秘しても構わない。私も他言しない」
少し迷ったが、さらは首を振った。
彼の兄の死が絡んでいる。秘密を押し通すのはきっと違う。王子は取り乱すかもしれないが、さら自身の不用意さもあった。それも含めて遭った被害は知らせるべきだと思った。
「そうか」
第一王子の首は今も床に転がったままだ。王からの指示がないので、兵士も手を出すこともなく屹立し控えているだけだ。
そんな意思もないのにふと視線が首に流れて、さらは慌てて目を逸らした。
どれほどかしてドア口に婆やの姿が見えた。すぐに非常な部屋の様子を察し、身を固くしている。
婆やに伴われ外へ出た。
大判のショールの下で肩が震えている。助かったからいいようなものの、何かが少しずれていたら……、そう思うと涙が溢れてくる。
宮殿に着いてすぐに浴室に向かった。婆やが湯の用意をしてくれていた。
「悪いわね、もう下がっている時間なのに。博士に申し訳ないわ」
「そんなこと……! うちの人はいい気分で飲んでいますよ。今日は地方から来た話し相手が大勢いいますから」
鏡で見た顔は赤く腫れていた。骨の異常はないと思うが、明日にはあざになっているだろうと気が滅入った。衣装を脱いだ後の脚もひどい。火かき棒で殴られた箇所が切れて傷になっていた。湯を流すと顔をしかめるほどに傷んだ。
特に触れられた場所はない。神経質に口を何度もすすいだ。性器を唇に押し当てられ歯にも当たった。あの感触がしつこく残って泣いた。卑怯なだけでなく、欲望に異質なものを感じた。
「良いでしょう? 父上。遊んだって、良いでしょう?」。「遊んだ後で返すから。あいつは気づかない…」。
あの言葉は異常だ。王は彼を「獣」と表現していた。あの行為を「遊び」と捉えているのなら、さらだけではない。別の誰かも被害に遭っていると見ていい。
傷の手当てをしてからベッドに横になった。眠れないまま時間だけが過ぎた。
ドアの開く音に目を開けた。眠っていたのではないが、はっとなる。すぐに身を起こしかけて、それを止める腕に気づいた。
「サラ、僕だ」
淡い灯りに礼装のままの彼の姿が浮かんだ。そのすらりとしたシルエットに緊張が解けた。光を受けて青の混じる黒髪も彼女を落ち着かせた。
王子はベッドに乗り、彼女を抱きしめた。彼の胸に当たる頰が傷んだ。自分なりに整理をつけたはずが、この抱擁に感情が溢れて来るのがわかった。
「父上から聞いた。側にいなくて悪かった。一人にして済まなかった」
この日彼女が式典に参加していたとしても、また別の日を狙われただけだ。そしてその時は逃れられるとは限らない。
「いいの。無事だったから。いいの」
堪えた恐怖が溶けて流れていく。
またぶり返すことはあるだろう。けれど、今この時はあの痛みも怖さも忘れて、安らいでいられた。
「不用心だった。ごめんなさい……、安易について行ったりして…」
「そうじゃない。姉やのせいじゃない」
彼がさらの涙を唇で受けた。優しい仕草が嬉しくて、うっとりとなる。頬から唇にキスが滑り、彼女はたじろいだ。暴力を受けたそこが汚されてしまったように感じたから。
王子が彼女の夜着の紐を解いた。開いた胸元に入った手が肩から夜着を落とした。さらの手も彼の上着のボタンに延びた。
何度も口づけ合い、互いの肌に触れ、重なる。
「愛している」
そのことで痛烈な記憶が上書きされるような気がした。王子の中でも同じ作用があるのならいいのに、と思う。
「愛している」
彼は特別だと思う。
自分の中に彼を入れる場所があって、そこには彼しか入れない。彼だから、心が開く。
彼女の開いた心に彼の思いを注いで満たしてくれる。
「わたしも……。リヴしか要らない」
「僕が殺せなくてすまない」
さらは彼の頬を手で包んだ。重なり見つめ合いながら、言葉の重さを味わった。王子の本心だ。叶うなら、機会を見つけて彼はきっとそうするだろう。
王が既に第一王子に手をかけてくれたことを心から感謝した。彼にはもうさらの為に手を血で汚してほしくない。それは何も生まないばかりか、彼の心を再び蝕んでいく。
彼女は首を振った。
「もう終わったの」