温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛
 波瑠は両手を膝の上で握りしめ、深く息を吐いた。
「……本当のことをお話しします」

 美咲の目を見据え、ためらいなく言葉を続ける。
「専務と会ったのは、金曜日の夜です。偶然、同じバーに居合わせて……声をかけられて、そのままホテルの部屋に泊まりました」

 美咲の瞳がわずかに揺れる。
波瑠は視線を落とし、震える声で言葉を重ねた。

「翌日……私の誕生日に、専務が東京湾のクルーズに連れて行ってくれて……。そのあと、旧芝離宮恩賜庭園を二人で歩きました」
声がかすれ、喉が詰まる。
「だから……“歩いているところを見られた”という噂は、確かに事実なんです。
でも、だからといって、噂で言われているようなことは……」

 美咲はしばらく沈黙したまま、波瑠の顔をじっと見つめていた。
その視線に射抜かれながらも、波瑠は逃げずに受け止めようと必死だった。

 波瑠は唇を噛み、震える声を押し出した。
「……専務と過ごしたのは、私が無理にお願いしたんです」

 美咲がわずかに眉をひそめる。

「振られたばかりで……どうしても、ひとりで誕生日を過ごしたくなかった。
そんな情けない気持ちを打ち明けてしまって……」

 俯いたままの手が小さく震える。
「だから、専務はただ……私のわがままに付き合ってくださっただけなんです」

 言葉の端々に、罪悪感と後悔がにじむ。
「こんな私のせいで……美咲さんや黒瀬さんまで噂に巻き込まれるなんて、本当に……」

 その声音は必死で、苦しげだった。
本当は…違う。
けれど、ここで真実を語れば圭吾に傷が及ぶ。
だからこそ波瑠は、自分を悪者にすることで彼を守ろうとしていた。

 うつむいた瞳の奥で、ひそやかな決意だけが光っていた。

波瑠の声は、どこか無理に作ったもののように聞こえた。
振られたばかり、寂しさ、わがまま…その言葉の裏に、もっと別の真実があるのではないか。

 美咲はそう感じた。けれど、あえて追及はしなかった。
目の前の彼女が必死に守ろうとしているものがあるのなら…それを無理に剥がすべきではないと。

 代わりに、穏やかな声で言った。
「……ありがとう。正直に話してくれて」

 波瑠は驚いたように顔を上げる。
美咲は静かに微笑み、続けた。
「大丈夫。これ以上、噂であなたが傷つくようなことにはさせないから」

 その言葉に、波瑠の胸の奥がじんわりと温かくなる。
 嘘をついてまで守ろうとした圭吾。
そして、嘘ごと受け止めてくれる美咲。
二人の存在が、彼女の孤独を少しずつ和らげていった。

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