温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛
翌日、波瑠と圭吾は花月の女将・恵美に向かい合って座っていた。
波瑠は緊張した面持ちで、これまでの経緯と、圭吾と共に東京へ戻る決意を語った。

恵美は静かに耳を傾けていたが、話が終わると、ふわりと優しい笑みを浮かべた。
「……そう。よかった」

瞳が柔らかく輝き、両手を合わせる。
「波瑠ちゃんが自分の幸せを選んでくれたことが、何より嬉しいわ。それに——こんな立派な方とご一緒に歩んでいけるなんて」

圭吾も深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。必ず彼女を幸せにします」

「その言葉が聞けて安心しました」
恵美は笑顔のまま頷き、波瑠の手をぎゅっと握った。
「二人で力を合わせて、どんなことも乗り越えていける。心からそう信じてるわ」

波瑠の胸に温かさが広がり、涙がにじんだ。
島で支えてくれた恩人に背中を押され、彼女は静かに決意を固めた。



機体が雲を抜け、窓の外には淡い夕陽が広がっていた。
二人は隣り合って座り、静かなエンジン音に包まれている。

圭吾が唐突に口を開いた。
「……波瑠、明日入籍するぞ」

「えっ……そんなに早く?」
波瑠の瞳がまん丸に見開かれる。

圭吾は眉一つ動かさず、当たり前のように言った。
「何か問題でもあるのか?」

「い、いや……問題というか……」
波瑠は慌てて言葉を探す。
「だって、家族への連絡もしないと……」

圭吾は小さく笑い、腕を組んだ。
「それならもう済んでいる」

「……え?」

「波瑠のお母さんからは、結婚の承諾をもらっている。俺の娘も知っている」

「ええぇっ!?」
波瑠はシートの背に思わず寄りかかり、信じられないという顔をした。
「な、なにがどうなって……そんなことに?」

圭吾は短く咳払いをしてから、淡々と経緯を語り始めた。
年末年始の綾香との旅行で波瑠の家族と知り合ったこと。
彼が波瑠の母である由紀子に直接会いに行ったこと、出会いから別れまですべてを話したこと、そして承諾を得たこと。
さらに、自分の娘にもすでに話し、祝福を受けていること。

波瑠はそのすべてを聞きながら、終始驚きの表情を浮かべていた。
やがて深く息を吐き、震える声でつぶやく。

「……本当に、運命ってあるのね」

圭吾は静かにうなずき、窓の外に視線を向けた。
「そういうことだな。俺もこの歳まで、そんなものは信じてはいなかったが……」

彼の横顔に映る夕陽の光が、揺るぎない決意を照らしていた。
波瑠はその横顔を見つめながら、胸の奥に温かな安らぎを抱いていた。



羽田空港に降り立ったとき、夜の街はすでに無数の灯りに包まれていた。
瀬戸内の穏やかな時間とはまるで違う、東京特有のせわしなさ。
それでも波瑠の胸には、どこか懐かしい匂いがあった。

到着ロビーを抜けると、圭吾が自然に彼女の手を取る。
その大きな掌のぬくもりに、波瑠の緊張は少し和らいだ。

「……このまま、滝沢社長の家に行く」

「え? どうして……?」
驚きと戸惑いが混じった声が漏れる。

圭吾は口元にかすかな笑みを浮かべただけで、真っ直ぐ前を見据えた。
「行けばわかるさ」

タクシーに乗り込むと、街の光が窓を流れていく。
波瑠は胸を高鳴らせながら、圭吾の横顔を盗み見る。
その表情は静かだが、瞳の奥には強い決意が宿っていた。
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