下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
「あ!ライアンさん」
「ケイトちゃんに事情、ちゃんと説明してきたよ」
「ありがとうございます。あの、ケイト、元気にしてました?」
「うん。ニコラちゃんのこと伝えたら、すっごく心配してた」
「ですよね……」
「あ、それで、これ」

 ライアンはバスケットを手渡した。ニコラがナプキンをめくると、ふんわりと優しい香りが部屋に広がった。

「ケイトちゃんからの差し入れ!」

 バスケットの中に入っていたのは手作りのクッキーと、見覚えのあるハーブティーの茶葉。どちらもニコラが仕事で疲れたときに、ケイトがよく差し入れしてくれるものだった。胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。

「ケイトちゃん、すごく心配してた。でもね、『ニコラちゃんならきっとやれる』って、笑ってたよ」
「……ありがとうございます」

 一口、クッキーをかじると、口の中に優しい甘さが広がった。ずっと変わらない、優しい味。

 ────そうだ。
 私は、王宮のお針子じゃない。
 王宮の格式や華やかな雰囲気に呑まれそうになって、「ちゃんとしなくちゃ」「下に見られないように」って、いつの間にか肩に力が入っていた気がする。
 ……『これだから下町は』って思われたくなくて、背伸びしようとしていた。

(今までも、今も、やることは変わらないのに……)

 目の前の仕事に誠実に向き合う。
 心を込めて、喜んでもらえるものを作る。

(それが私、下町のお針子ニコラでしょ────!)

「それでね、僕も食べちゃった、オムライス!ユーリから聞いてさ~すっごく羨ましくて!本当に美味しかったな~!」
「私もあれ、大好きなんです!」
「あら~、あたしも今度食べに行こうかしら」
「ぜひ!」
「ニコラちゃん、息抜きにケイトちゃんに会いに行ってもいいんだからね!僕、送り迎えするよ」
「ありがとうございます。でも……」

 ニコラはバスケットをそっと抱きしめるようにして、少し頬を染めながら言った。

「私、今すぐ作りたい。休んでる暇なんてないくらい、私、夢中なんです」

 その瞳には、迷いのない輝きが宿っていた。

「んー、いい顔!あたし、そういうの好きよ」

 ネフィリスが満足げに微笑む。

「そっか。無理はしないでよ!ケイトちゃんに伝えることとかあったら、僕に言ってね」
「はい。お願いします」

 ニコラは深く頷いた。



  *    *    *




【戴冠式まで、あと20日】



「素晴らしい装花案ですね。来賓者の導線をまるっと塞ぐ、というのがコンセプトでしょうか?」

 手渡された図面を見て、アベルは皮肉混じりに感想を述べた。
 落ち込む祝賀会の装飾担当者に手早く代案を示す。

「貴方の感性を否定しているわけではありません。しかし、実用性の重要さも理解してください。やり直しです。どうしても両立に迷った場合は、すぐに相談してください」

 装飾担当者は恐縮した様子で頭を下げたが、アベルはもう背を向けていた。
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