下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
アベルが次に何を言うか、ユリシーズにはもう分かっていた。だから、それを遮るように口を開く。
「我が国ルブゼスタン・ヴォルシスは貿易業で成り立ってる国だ。国内で物品の売買や受け渡しが行われているのに、国民が盗みを働くとなっては他国からの信頼がなくなり貿易業が成り立たなくなる。だからこの国では、殺人と等しく、盗みは重罪だ」
「その通りです」
「ティムはどうなる?」
「盗んだものが戴冠式のマントである以上……禁固十年、いえ、二十年は避けられないでしょう」
────二十年
二十年あれば彼は少年から大人になる。
牢に入っている間、彼の母君はどうなる?
母君が病気の時、誰が傍にいる?
最悪、死に目に会えないのではないか。
彼が罪を償い、やっと外に出たとき、この国の景色は彼の目にどう映るのだろう。
法に疑問を抱いたことなど、これまで一度もなかった。
だが、今、初めてそれが冷たく、無慈悲なものに感じられた。
アベルが静かに一礼し部屋を出て行ったあと、ユリシーズは夜が明けるまで考えに耽った。
* * *
【戴冠式まで、あと23日】
昼下がり。ニコラは机に向かいながら、図案の確認と縫製の工程を何度も見直していた。
針を持つ手は確かに動いているのに、胸の奥は妙な焦燥でいっぱいだ。
(本当に、私にできるのかな……)
一世一代の大仕事。たった一針のミスが、すべてを台無しにしかねない。大丈夫、間に合う、と、自分に言い聞かせるたび、胸の奥が苦しくなる。
(もしかして、私なんかがこの場にいること自体、間違いなんじゃ……)
そんな不安に押しつぶされそうになったその時、
「ねぇ、ちょっと、これ最高なんだけど」
部屋の扉が開き、そこからひょこりと顔を覗かせたのはネフィリスだった。デザイン画を見にきたという。彼が手にしているのはユリシーズの祝賀会用の衣装のデザイン画だった。
「ですよね!」
ニコラの声がぱっと明るくなる。
「えー、何これ、ほんと最高。奇抜じゃないんだけど、目を惹くっていうか」
「そうなんです!!!!」
嬉しさが抑えきれず、ニコラの声が弾む。
「へぇ~、これが例のシンシア・グローリーのデザイン画。……なるほど、伝説って言われるだけあるわね。あたしの腕も鳴るわぁ。……で?これ、今から作って間に合うの?」
「う」
針を持っていた手が止まり、ニコラの顔が曇る。
「ちょっとー!あんたが不安そうな顔してどうするのよ。しっかりしなさい!」
「あは、は……」
過密なスケジュールではあったが、進捗は遅れていない。それでも、国の特別なイベントに向けた作業は想像以上のプレッシャーだった。肩にのしかかる見えない重みは、日に日に大きくなっている。
「ニコラちゃん、順調~?」
そんな空気を一転させるように、明るく弾む声が部屋に飛び込んできた。現れたのは、バスケットを持ったライアンだった。ぴょこぴょこと兎耳が揺れている。
「我が国ルブゼスタン・ヴォルシスは貿易業で成り立ってる国だ。国内で物品の売買や受け渡しが行われているのに、国民が盗みを働くとなっては他国からの信頼がなくなり貿易業が成り立たなくなる。だからこの国では、殺人と等しく、盗みは重罪だ」
「その通りです」
「ティムはどうなる?」
「盗んだものが戴冠式のマントである以上……禁固十年、いえ、二十年は避けられないでしょう」
────二十年
二十年あれば彼は少年から大人になる。
牢に入っている間、彼の母君はどうなる?
母君が病気の時、誰が傍にいる?
最悪、死に目に会えないのではないか。
彼が罪を償い、やっと外に出たとき、この国の景色は彼の目にどう映るのだろう。
法に疑問を抱いたことなど、これまで一度もなかった。
だが、今、初めてそれが冷たく、無慈悲なものに感じられた。
アベルが静かに一礼し部屋を出て行ったあと、ユリシーズは夜が明けるまで考えに耽った。
* * *
【戴冠式まで、あと23日】
昼下がり。ニコラは机に向かいながら、図案の確認と縫製の工程を何度も見直していた。
針を持つ手は確かに動いているのに、胸の奥は妙な焦燥でいっぱいだ。
(本当に、私にできるのかな……)
一世一代の大仕事。たった一針のミスが、すべてを台無しにしかねない。大丈夫、間に合う、と、自分に言い聞かせるたび、胸の奥が苦しくなる。
(もしかして、私なんかがこの場にいること自体、間違いなんじゃ……)
そんな不安に押しつぶされそうになったその時、
「ねぇ、ちょっと、これ最高なんだけど」
部屋の扉が開き、そこからひょこりと顔を覗かせたのはネフィリスだった。デザイン画を見にきたという。彼が手にしているのはユリシーズの祝賀会用の衣装のデザイン画だった。
「ですよね!」
ニコラの声がぱっと明るくなる。
「えー、何これ、ほんと最高。奇抜じゃないんだけど、目を惹くっていうか」
「そうなんです!!!!」
嬉しさが抑えきれず、ニコラの声が弾む。
「へぇ~、これが例のシンシア・グローリーのデザイン画。……なるほど、伝説って言われるだけあるわね。あたしの腕も鳴るわぁ。……で?これ、今から作って間に合うの?」
「う」
針を持っていた手が止まり、ニコラの顔が曇る。
「ちょっとー!あんたが不安そうな顔してどうするのよ。しっかりしなさい!」
「あは、は……」
過密なスケジュールではあったが、進捗は遅れていない。それでも、国の特別なイベントに向けた作業は想像以上のプレッシャーだった。肩にのしかかる見えない重みは、日に日に大きくなっている。
「ニコラちゃん、順調~?」
そんな空気を一転させるように、明るく弾む声が部屋に飛び込んできた。現れたのは、バスケットを持ったライアンだった。ぴょこぴょこと兎耳が揺れている。