下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜
ニコラを見送った後、自室に戻ったルカは自分の仕事机の椅子に深く腰掛け考えに耽った。ふいに横から話しかけられる。
「貴方があんなに人に優しく接しているのを初めて見ましたよ」
「……チャリオ、無駄口を叩いている暇があったら仕事をしたらどうだ?」
「ほら、これだもの」
チャリオと呼ばれた男性は、わざとらしく肩を竦めると、細い銀縁の眼鏡をくいっと押し上げた。
「で、例の品々はお見せしなくてよかったんですか?貴方が姪のためだけに自ら仕入れたものなのに」
「……まだ、見せるタイミングではなかった」
そう言ってルカは姿勢を正し、机上のペンを取り上げて、インク壺にその先を浸す。どうやら、仕事するつもりらしい。
「またお会いできるみたいですね」
返事はない。
「良かったですね」
これにも返事はない。
ペンが滑らかに紙を走る音だけが、静かな部屋に響く。
しかし幼少の頃からルカの世話役として傍にいるチャリオにはわかっていた。
ルカ・エリクセン・カーチスが、今、まさに心からの幸福を噛み締めていることを……。
* * *
ルカ・エリクセン・カーチスとの面会から王宮に帰ってきたニコラが、まずしたことは祝賀会の衣装の手直しの続きだった。二日でやります、と言い切ったものの、メイドたちの手伝いをしたことで、本来の仕事に遅れが出てしまった。
(後悔なんてしてない、私が手伝いたくてやったことだもの)
自分にそう言い聞かせながら作業を始める。けれど、思うように指が動かない。
(こんな時に限って……!)
焦りが手元を鈍らせているのが自分でもわかった。思い通りに動かない指先にますます焦りが募っていく。
(大丈夫。間に合う……絶対に、間に合わせるんだから!)
自分の頬を叩き、なんとか気を引き締める。それでも針を持つ手はわずかに震えていた。
その時、控えめなノック音が響いた。
「ニコラさん」
部屋のドアを開けると、テーブルクロスを縫っていたメイドたちがいた。何か問題があったのか、ニコラは心配になる。
けれど、彼女たちの表情からは遠慮がちでありながらも、どこか固い決意が感じられた。
「私たちにも、ユリシーズの殿下の祝賀会の衣装のお手伝いさせてください!」
「え?でも……」
突然の申し出に、ニコラは困惑と戸惑いで言葉がすぐに出てこない。
すると、先頭のメイドが一歩前に出た。