前世の趣味のままにBL小説を書いたら、サイン会に来た護衛騎士様の婚約者になりました
BLと喧嘩はお茶会の花
メリンダ様の仰々しい声に、辺りは一瞬静まり返った。彼女はそれを、皆が自分を肯定しているとでも思ったのか、意気揚々と話を続けた。
「あのような低俗な小説、庶民ならともかく、貴族令嬢が手にする価値などありませんわ。まさかエイムズ家のお茶会の席でこんな話題が出るだなんて、よほどカトリーナ様の品性を貶めたい方がいらっしゃるようですわね」
「そんな……っ。私、そんなつもりでは」
青くなったランドー子爵令嬢が震えながら否定する。メリンダ様は扇をはためかせながらなおも言い放った。
「殿方同士の恋愛の話が低俗でなくてなんというのかしら。読む者も読む者なら、書く方も書く方ですけれど。噂では作者は貴族の令嬢ではないかとも言われているそうですわね。いやだ、もしかしてこのお茶会にも混ざっているのかしら。本当に穢らわしい」
「で、でも、作家のナツ・ヨシカワ様は、最近では男女の恋愛小説も書いていらっしゃいます」
「もしかしてあの醜悪な新聞小説のことをおっしゃっていますの? 高貴なる方が卑賎な者と恋に落ちるなど、本当に悍ましい話ですわ。あのようなものがもてはやされるなんて、庶民というのは本当に救いようがありませんわね。あぁでも、そんな庶民に混ざって働かなくてはならない方のお好みには合うのかしら。令嬢でありながら労働するなどみすぼらしく浅ましいことなのに、それを堂々と吹聴されるなんて、本当にお里が知れますこと」
先ほどランドー子爵令嬢が「自分でブローチのデザインをしている」と言ったことを当てこすっての物言いだった。高位の令嬢に睨まれた子爵令嬢は俯いたままふるふると震えている。それを一瞥したメリンダ様は、今度はカトリーナ様に向き直った。
「カトリーナ様も公爵令嬢として未来の王太子妃として、招待するお客様は選ばれるべきですわ。成り上がりのドブネズミを招き入れるだなんて、あなたの品性も疑われますし、私たちにも失礼ではないかしら」
メリンダ様のご実家ハーパー家はダミアン王太子の派閥。けれど彼女本人がカトリーナ様と仲がいいかどうかはまた別の話だ。どちらも有力な家の貴族令嬢。ダミアン王太子の婚約者にカトリーナ様が選ばれたのは、メリンダ様が一人娘で、ハーパー家を継がなければならない立場だったからというのもある。子どもの頃からカトリーナ様に負けじと張り合ってきたメリンダ様は、カトリーナ様のミスを突つくことがとてもお好きらしい。なんとも残念な趣味だ。
そしてメリンダ様の思惑通り、カトリーナ様は今、難しい立場に立たされていた。メリンダ様の意見を窘めれば、公衆の面前で彼女を貶めることになり、薄氷の上にある両家の仲をこじらせることになりかねない。かといって肯定すればランドー子爵令嬢を傷つけ、それが子爵家の離反へとつながれば、つながりを欲しているフォード宰相の怒りを買ってしまう。
少なくともメリンダ様はそこまで読んで喧嘩をふっかけてくる程度には頭が回るご令嬢らしい。
そう気づいた私は………………とても興奮した。
(さすがは悪役令嬢枠! 呆気なく散り急ぐ徒花ではない強かさ……! これぞ本物の悪の花ね!)
花よりは華の漢字の方がお似合いかもとうきうきしながら、心の中では指をぽきぽき鳴らした。
(せっかく特売セールにしてくれた喧嘩ですもの! ここでノってみせなきゃ作家が廃るというもの。その喧嘩、私が買おうじゃない!)
どこかでド派手なゴングが打ち鳴らされるのを聞きながら、私はずずずっと前に出た。
いざ! 尋常に勝負だ!!
「まぁ、メリンダ様も“薔薇の騎士”をお読みになったのですね!」
「は……っ?」
「おまけに新聞連載の“真実の愛”も愛読してらっしゃるなんて、よっぽどナツ・ヨシカワがお好きなんですね」
「あ、あなた、急に何を言い出すのよ! 私があんな低俗な小説を愛読しているわけないでしょう!」
「でも、内容をよくご存知じゃないですか。“薔薇の騎士”は殿方同士の恋愛話、“真実の愛”は高貴なるヒーローと庶民ヒロインの身分を超えた愛の話だって、今ほど説明してくださいましたよ?」
「な……っ! そ、それは!」
「小説を読んでどんな感想を抱くかは人それぞれ。読者に委ねられているものです。でも、まずは中身を読んでみないことには始まりません。メリンダ様はしっかりじっくりお読みになったからこそ、独自の解釈と感想を抱かれたのですよね。わかりますわぁ。“薔薇の騎士”では、アラン殿下とジェシーとでファンが二分されていますけれど、どちらが好きでどちらが嫌いであろうとも、小説のファンであることには変わりませんもの。さすがは侯爵令嬢。流行を追うのがお得意ですこと」
おほほほほ!と普段しない高笑いまで披露してやれば、顔を真っ赤にしたメリンダ様は口をぱくぱくさせていた。扇で隠すことすら忘れているこの状態は、悪役令嬢にあるまじき醜態ではないだろうか。
(こっちは散々ざまぁ展開を知り尽くしているのよ。ぽっと出の悪役令嬢ごときに負けはしないんだから!)
さらにもうひと推し攻め込んでやろうと、ドレスの裾を翻した矢先。
カトリーナ様がぽん、と手を打たれた。
「小説談義ならば、私も最近お気に入りの本がありますの。ダリ王国の詩人、コズロフの未発表の作品が我が国でも翻訳出版されたのですけれど、ご存知の方はいらっしゃるかしら」
「それなら私も読みましたわ」
空気が読める別の令嬢が、実に巧みにカトリーナ様の話題に乗っかった。数名から「私も気になっていましたの」などと声があがる。
「本当にお勧めですのよ。よければあちらのテーブルにお茶と一緒にお持ちしますわ。皆様のお気に入りもぜひ教えてくださいな」
女主人がテーブルに着くよう促せば、逆らえる者はいない。皆がぞろぞろとお茶席へと移動していく。私もまたしれっとその波に混ざることにした。私とて出るとこ出ないけど凹みもないハミルトン家のご令嬢。空気を読むべきところで読むのにやぶさかではない。
さすがのカトリーナ様は、メリンダ様のことも見捨てずお誘いしていた。扇を持ち直したメリンダ様も促されてお茶会の席へと歩み出す。
このまま大人しく舞台を去るかと思いきや、そこはさすがの悪役令嬢枠だった。
「……田舎令嬢風情がっ。憶えてなさい……! あなたにジェスト様は渡さないから!」
私の前を横切る際に炸裂した、絶対零度のキレッキレの睨みと、あっぱれなまでのテンプレ捨て台詞。
試合終了のゴングはどうやらまだ鳴っていないようだ。
「あのような低俗な小説、庶民ならともかく、貴族令嬢が手にする価値などありませんわ。まさかエイムズ家のお茶会の席でこんな話題が出るだなんて、よほどカトリーナ様の品性を貶めたい方がいらっしゃるようですわね」
「そんな……っ。私、そんなつもりでは」
青くなったランドー子爵令嬢が震えながら否定する。メリンダ様は扇をはためかせながらなおも言い放った。
「殿方同士の恋愛の話が低俗でなくてなんというのかしら。読む者も読む者なら、書く方も書く方ですけれど。噂では作者は貴族の令嬢ではないかとも言われているそうですわね。いやだ、もしかしてこのお茶会にも混ざっているのかしら。本当に穢らわしい」
「で、でも、作家のナツ・ヨシカワ様は、最近では男女の恋愛小説も書いていらっしゃいます」
「もしかしてあの醜悪な新聞小説のことをおっしゃっていますの? 高貴なる方が卑賎な者と恋に落ちるなど、本当に悍ましい話ですわ。あのようなものがもてはやされるなんて、庶民というのは本当に救いようがありませんわね。あぁでも、そんな庶民に混ざって働かなくてはならない方のお好みには合うのかしら。令嬢でありながら労働するなどみすぼらしく浅ましいことなのに、それを堂々と吹聴されるなんて、本当にお里が知れますこと」
先ほどランドー子爵令嬢が「自分でブローチのデザインをしている」と言ったことを当てこすっての物言いだった。高位の令嬢に睨まれた子爵令嬢は俯いたままふるふると震えている。それを一瞥したメリンダ様は、今度はカトリーナ様に向き直った。
「カトリーナ様も公爵令嬢として未来の王太子妃として、招待するお客様は選ばれるべきですわ。成り上がりのドブネズミを招き入れるだなんて、あなたの品性も疑われますし、私たちにも失礼ではないかしら」
メリンダ様のご実家ハーパー家はダミアン王太子の派閥。けれど彼女本人がカトリーナ様と仲がいいかどうかはまた別の話だ。どちらも有力な家の貴族令嬢。ダミアン王太子の婚約者にカトリーナ様が選ばれたのは、メリンダ様が一人娘で、ハーパー家を継がなければならない立場だったからというのもある。子どもの頃からカトリーナ様に負けじと張り合ってきたメリンダ様は、カトリーナ様のミスを突つくことがとてもお好きらしい。なんとも残念な趣味だ。
そしてメリンダ様の思惑通り、カトリーナ様は今、難しい立場に立たされていた。メリンダ様の意見を窘めれば、公衆の面前で彼女を貶めることになり、薄氷の上にある両家の仲をこじらせることになりかねない。かといって肯定すればランドー子爵令嬢を傷つけ、それが子爵家の離反へとつながれば、つながりを欲しているフォード宰相の怒りを買ってしまう。
少なくともメリンダ様はそこまで読んで喧嘩をふっかけてくる程度には頭が回るご令嬢らしい。
そう気づいた私は………………とても興奮した。
(さすがは悪役令嬢枠! 呆気なく散り急ぐ徒花ではない強かさ……! これぞ本物の悪の花ね!)
花よりは華の漢字の方がお似合いかもとうきうきしながら、心の中では指をぽきぽき鳴らした。
(せっかく特売セールにしてくれた喧嘩ですもの! ここでノってみせなきゃ作家が廃るというもの。その喧嘩、私が買おうじゃない!)
どこかでド派手なゴングが打ち鳴らされるのを聞きながら、私はずずずっと前に出た。
いざ! 尋常に勝負だ!!
「まぁ、メリンダ様も“薔薇の騎士”をお読みになったのですね!」
「は……っ?」
「おまけに新聞連載の“真実の愛”も愛読してらっしゃるなんて、よっぽどナツ・ヨシカワがお好きなんですね」
「あ、あなた、急に何を言い出すのよ! 私があんな低俗な小説を愛読しているわけないでしょう!」
「でも、内容をよくご存知じゃないですか。“薔薇の騎士”は殿方同士の恋愛話、“真実の愛”は高貴なるヒーローと庶民ヒロインの身分を超えた愛の話だって、今ほど説明してくださいましたよ?」
「な……っ! そ、それは!」
「小説を読んでどんな感想を抱くかは人それぞれ。読者に委ねられているものです。でも、まずは中身を読んでみないことには始まりません。メリンダ様はしっかりじっくりお読みになったからこそ、独自の解釈と感想を抱かれたのですよね。わかりますわぁ。“薔薇の騎士”では、アラン殿下とジェシーとでファンが二分されていますけれど、どちらが好きでどちらが嫌いであろうとも、小説のファンであることには変わりませんもの。さすがは侯爵令嬢。流行を追うのがお得意ですこと」
おほほほほ!と普段しない高笑いまで披露してやれば、顔を真っ赤にしたメリンダ様は口をぱくぱくさせていた。扇で隠すことすら忘れているこの状態は、悪役令嬢にあるまじき醜態ではないだろうか。
(こっちは散々ざまぁ展開を知り尽くしているのよ。ぽっと出の悪役令嬢ごときに負けはしないんだから!)
さらにもうひと推し攻め込んでやろうと、ドレスの裾を翻した矢先。
カトリーナ様がぽん、と手を打たれた。
「小説談義ならば、私も最近お気に入りの本がありますの。ダリ王国の詩人、コズロフの未発表の作品が我が国でも翻訳出版されたのですけれど、ご存知の方はいらっしゃるかしら」
「それなら私も読みましたわ」
空気が読める別の令嬢が、実に巧みにカトリーナ様の話題に乗っかった。数名から「私も気になっていましたの」などと声があがる。
「本当にお勧めですのよ。よければあちらのテーブルにお茶と一緒にお持ちしますわ。皆様のお気に入りもぜひ教えてくださいな」
女主人がテーブルに着くよう促せば、逆らえる者はいない。皆がぞろぞろとお茶席へと移動していく。私もまたしれっとその波に混ざることにした。私とて出るとこ出ないけど凹みもないハミルトン家のご令嬢。空気を読むべきところで読むのにやぶさかではない。
さすがのカトリーナ様は、メリンダ様のことも見捨てずお誘いしていた。扇を持ち直したメリンダ様も促されてお茶会の席へと歩み出す。
このまま大人しく舞台を去るかと思いきや、そこはさすがの悪役令嬢枠だった。
「……田舎令嬢風情がっ。憶えてなさい……! あなたにジェスト様は渡さないから!」
私の前を横切る際に炸裂した、絶対零度のキレッキレの睨みと、あっぱれなまでのテンプレ捨て台詞。
試合終了のゴングはどうやらまだ鳴っていないようだ。