北へ
11日目
律さんの部屋は、夜の静けさの中で異様に重たかった。
障子の隙間から差し込む灯りは小さく、空気は張り詰め、呼吸すらためらわれる。
京は畳に正座させられ、律さんはその正面に座っていた。
「京」
名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねた。
いつもと変わらぬ穏やかな声音なのに、背筋を針で刺されるような感覚が走る。
律さんは、ほんの少し微笑んで首を傾けた。
「昨夜、何を話していたの?」
その瞬間、京の喉はきゅっと閉じた。
――聞かれていた。見られていた。
嘘をついても無駄だと、本能で理解する。
だが真実を口にすることは、あまりにも恐ろしい。
沈黙が落ちる。
律さんの視線が、じわりと体を締め付けていく。
京は必死に何か言葉を探したが、唇は乾き、声は出なかった。
律さんの笑みが、わずかに薄れる。
「京……私に隠し事をするの?」
その問いかけが柔らかいほど、逃げ場はなかった。
背筋に冷たいものが走り、呼吸が浅くなる。
ただ黙って首を振ることしかできない。
だが次の瞬間、頬に鋭い痛みが走った。
律さんの手が振り抜かれたのだ。
視界が揺れ、遅れて熱が込み上げてくる。
「私を裏切るの?」
声はまだ穏やかだったが、響きは冷たく重い。
心臓が喉に詰まり、息がうまく入ってこない。
胸を押さえ、浅い呼吸を繰り返す。
律さんは身を乗り出し、京の肩を掴んだ。
爪が皮膚に食い込み、骨にまで圧がかかる。
「私に言えないことなの? それとも、私を悲しませたいの?」
肩がぎり、と軋み、血が滲む。
その痛みと律さんの眼差しに、京の視界はじわりと滲んだ。
必死に首を振り、唇を開くが、言葉が詰まって出てこない。
「京、私を信じて。私はあなたを大事に思っているの。だからこそ聞いているのよ」
ささやくような声が耳元に落ちる。
優しい音色なのに、拒むことを許されない。
胸の奥の抵抗は薄れ、ただ言わなければ終わらないと悟る。
「……そ、外に……出たいと……」
かすれた声が、震える喉から搾り出された。
口にした瞬間、全身の力が抜け、京は小さく震えた。
律さんは目を細め、ゆっくりと頷いた。
「やっぱり……。まだそんなことを考えていたのね」
頬に再び衝撃が走り、熱が広がる。
呼吸が詰まり、喉からひゅうと音が漏れる。
涙が溢れるのを止められず、京は両手を握りしめて俯いた。
「鈴も慎も、もう素直に私の言う通り生きているのに。どうして京だけが抗うの?」
律さんの声は静かに、しかし鋭く胸に突き刺さる。
京は震える唇を噛み、答えることができなかった。
心の奥では「間違っている」と叫んでいたが、その声はどうしても外へ出てこなかった。
沈黙を見て、律さんの表情が冷ややかに歪む。
「……そう。なら、もう京はいらないわね」
その言葉が、刃のように京の心臓を切り裂いた。
顔を上げることもできず、ただ震える肩を抱きしめて俯くしかない。
律さんは立ち上がると、静かに部屋の隅に置かれていた水桶を手に取った。
そして、何のためらいもなく京の頭上から冷水を浴びせた。
「私を悲しませる子は、悪い子。悪い子は必要ない」
言葉は柔らかいのに、声には冷たい断絶があった。
京の体は一瞬で冷え、髪から滴る水が畳を濡らす。
全身が震え、呼吸はさらに浅くなる。
喉からは小さな嗚咽が漏れるだけで、言葉は出ない。
律さんはその様子を見下ろし、ふっと吐息を漏らした。
「ここで反省しなさい。そして私に愛されたいのなら、いい子に戻りなさい」
そう言い残すと、部屋の扉を外側から施錠する音が響いた。
足音が遠ざかり、残されたのは冷たく濡れた畳と京の震えだけだった。
――真っ暗な夜。
体は冷え切り、服は重く張り付き、震えは止まらない。
何度も目を閉じても眠れず、浅い呼吸が途切れ途切れになる。
京は心の奥で声を外に出せないまま夜を越えた。
障子の隙間から差し込む灯りは小さく、空気は張り詰め、呼吸すらためらわれる。
京は畳に正座させられ、律さんはその正面に座っていた。
「京」
名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねた。
いつもと変わらぬ穏やかな声音なのに、背筋を針で刺されるような感覚が走る。
律さんは、ほんの少し微笑んで首を傾けた。
「昨夜、何を話していたの?」
その瞬間、京の喉はきゅっと閉じた。
――聞かれていた。見られていた。
嘘をついても無駄だと、本能で理解する。
だが真実を口にすることは、あまりにも恐ろしい。
沈黙が落ちる。
律さんの視線が、じわりと体を締め付けていく。
京は必死に何か言葉を探したが、唇は乾き、声は出なかった。
律さんの笑みが、わずかに薄れる。
「京……私に隠し事をするの?」
その問いかけが柔らかいほど、逃げ場はなかった。
背筋に冷たいものが走り、呼吸が浅くなる。
ただ黙って首を振ることしかできない。
だが次の瞬間、頬に鋭い痛みが走った。
律さんの手が振り抜かれたのだ。
視界が揺れ、遅れて熱が込み上げてくる。
「私を裏切るの?」
声はまだ穏やかだったが、響きは冷たく重い。
心臓が喉に詰まり、息がうまく入ってこない。
胸を押さえ、浅い呼吸を繰り返す。
律さんは身を乗り出し、京の肩を掴んだ。
爪が皮膚に食い込み、骨にまで圧がかかる。
「私に言えないことなの? それとも、私を悲しませたいの?」
肩がぎり、と軋み、血が滲む。
その痛みと律さんの眼差しに、京の視界はじわりと滲んだ。
必死に首を振り、唇を開くが、言葉が詰まって出てこない。
「京、私を信じて。私はあなたを大事に思っているの。だからこそ聞いているのよ」
ささやくような声が耳元に落ちる。
優しい音色なのに、拒むことを許されない。
胸の奥の抵抗は薄れ、ただ言わなければ終わらないと悟る。
「……そ、外に……出たいと……」
かすれた声が、震える喉から搾り出された。
口にした瞬間、全身の力が抜け、京は小さく震えた。
律さんは目を細め、ゆっくりと頷いた。
「やっぱり……。まだそんなことを考えていたのね」
頬に再び衝撃が走り、熱が広がる。
呼吸が詰まり、喉からひゅうと音が漏れる。
涙が溢れるのを止められず、京は両手を握りしめて俯いた。
「鈴も慎も、もう素直に私の言う通り生きているのに。どうして京だけが抗うの?」
律さんの声は静かに、しかし鋭く胸に突き刺さる。
京は震える唇を噛み、答えることができなかった。
心の奥では「間違っている」と叫んでいたが、その声はどうしても外へ出てこなかった。
沈黙を見て、律さんの表情が冷ややかに歪む。
「……そう。なら、もう京はいらないわね」
その言葉が、刃のように京の心臓を切り裂いた。
顔を上げることもできず、ただ震える肩を抱きしめて俯くしかない。
律さんは立ち上がると、静かに部屋の隅に置かれていた水桶を手に取った。
そして、何のためらいもなく京の頭上から冷水を浴びせた。
「私を悲しませる子は、悪い子。悪い子は必要ない」
言葉は柔らかいのに、声には冷たい断絶があった。
京の体は一瞬で冷え、髪から滴る水が畳を濡らす。
全身が震え、呼吸はさらに浅くなる。
喉からは小さな嗚咽が漏れるだけで、言葉は出ない。
律さんはその様子を見下ろし、ふっと吐息を漏らした。
「ここで反省しなさい。そして私に愛されたいのなら、いい子に戻りなさい」
そう言い残すと、部屋の扉を外側から施錠する音が響いた。
足音が遠ざかり、残されたのは冷たく濡れた畳と京の震えだけだった。
――真っ暗な夜。
体は冷え切り、服は重く張り付き、震えは止まらない。
何度も目を閉じても眠れず、浅い呼吸が途切れ途切れになる。
京は心の奥で声を外に出せないまま夜を越えた。