あやかし×コーデ
13、樹の秘密
* * *
その日の私は、これから自分の身に大変なことが起こるなんて知らずに、のほほんとしていた。
店番をしながらカウンターの席に座り、いつものように宿題をやっていた。
「最近のお客さんは、あやかしばっかりになっちゃったなぁ」
普通のお客さんも来るには来るけど、八割はあやかしたちだった。
いつもあやかしコーデを考えるのに忙しくしていたものの、ここ一週間くらいは樹も来ていないし、静かなものだ。
「樹が来ないと……さみしいな」
BGMの流れていないお店の中で、私の独り言は口からもれ、自分の耳に、いやに大きな声で届いた。
「って言ってもあれだよ? 私も将来のための修行になるから、あやかしからの相談があればいいっていう意味で! そういう意味でさみしいの! 樹は相談ごと持って来てくれるからさ! 樹が来ないと私の仕事もなくてさみしいんだよね!」
だれにツッコまれたわけでもないのに、私はあわてて言い訳をしてしまう。
断じて、樹の顔を一週間見ていないからさみしくなっているんじゃない。
わたわた独り言を言って、私はしらけた。
「なにを一人で騒いでるんだか……」
そばには紙袋が置いてあって、樹がもともと着ていた服が入っている。ようやく修繕が終わったんだ。早く渡してあげたいんだけど……。
樹が突然訪ねてきてから、私の生活も一変した。
今までは自分一人だけで楽しんでいたファッション。その楽しむ中で得た知識が、あやかしたちのために役立った。
ありがとうってみんなに言われたけど、それは私のセリフでもある。
自分の好きなことがだれかのためになるって、素敵なことだ。
私は将来、ファッション関係の道に進みたいって思いが強くなっていく。
「もっとみんなを笑顔にしたいもんなぁ」
人間ももちろんだけど、もし可能ならあやかし向けのファッションの考案も続けていきたい。できる限り、ずっと。
そう言ったら、樹は何て言うかな……。
宿題もそっちのけで、ぼんやりしながら天井を見上げていた。
――ごうっ!
何の前触れもなく、外で風が鳴る音がした。
「……何っ?」
普通の突風なんかでは、あり得ない音だった。とっさに外に目をやると、季節外れの雪の粒が窓にぶつかっている。
雪? 夏前なのに、雪?
どうも、吹雪が店を取り巻いてるみたいだった。
異常気象……いや、うちの周りで一番ありそうなのは、あやかし絡みかもしれない。
樹が来たような気配もないし、外に出て行っていいものかどうか……。
「百合子おばあちゃんを起こした方がいいかな……、いや、おばあちゃんは雷が鳴ろうが槍が降ろうが起きないもんなぁ!」
お店の中を行ったり来たりする私。
すると、引き戸が開いた。
「咲様! 大変です、咲様!」
飛びこんできたのは一つ目小僧だった。相変わらず、美しい青いカラコンをつけたままだ。
服に雪をこびりつかせながら、一つ目小僧は必死の形相で私に駆け寄ってくる。
「樹様が捕まってしまったんです!」
「樹が? 誰に!」
一瞬頭をよぎったのは、ケガをした樹の姿だ。もしかして、あのケンカ相手に捕まったってこと?
「小天狗です。樹様はこのところ、小天狗と仲が悪くて、よく揉めていたんです。小天狗は大天狗様の息子である樹様に良い感情を抱いていなくて……、ああ、あの人は僕たちのためにあんな目にあっているんです!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて! 何を言ってるんだかさっぱりわからない。小天狗って?」
引き戸がまた開いて、別の人が店に入ってくる。
一見普通の美女にしか見えないけど、透き通るような色白のその人は、雪女だ。
「樹様には咲さんに言うなと口止めされていたんだけどね……」
困った様子で雪女さんは眉根を寄せる。
「雪女さん! 外の吹雪はどうなってるんですか?」
雪女さんの姿を見て確信したけど、これは彼女がやったことと見て間違いないはず。でも、何の意味があるんだろう。
風のせいで、窓はかすかに揺れて、カタカタと音を立てている。
「これは結界よ。樹様に、この店を守るように頼まれたの」
「結界って……?」
「小天狗の連中が、咲さんのことをさがしているのよ。店が見つからないように私が結界を張っているわけ。だからここに小天狗が押しかけてくる心配はないし、あなたもあなたのひいおばあさまも安全よ」
私が安全って言われても……樹は?
店を守るように頼まれた、と雪女さんは言う。「何かあれば必ずお前を守るからな」という、樹の言葉を思い出して、胸の中で不安が膨らんだ。
「小天狗ってヤツは、どうして樹を捕まえるんですか? 樹が何かしたって言うの?」
雪女さんと一つ目小僧が目を見合わせた。
「……この辺りのあやかしのまとめ役となっているのは、大天狗様という方で、樹様のお父様なの。小天狗たちは樹様が気に入らなくて、元からギスギスした関係ではあったのね。そして最近、いよいよ激しく揉めだした原因というのが、私たちの……これ、ね」
雪女さんは両手を軽く広げて自分の服を見せた。一つ目小僧も己の目を指さす。
つまり……。
「新しい、ファッション?」
二人はうなずいた。
「けしからん、というわけね。小天狗は伝統を重んじているから、樹様の意見がどうしても受け入れられなかったのよ。私に言わせれば、元から気に入らなかったから、いちゃもんつけてるだけって気もするんだけど」
樹が、間違ったことを言っていただろうか。
私はそうは思わない。
私と樹がしたことで、あやかし達は笑顔になった。彼らも暮らしやすくなった。
捕まってしまうほど、ヒドいことなんてしてないじゃない?
「小天狗は、樹を捕まえてどうする気なの?」
「大天狗様のところへ連れて行って、罰してもらおうっていう計画なんじゃないかしら。本当は、咲さんも大天狗様のところへ連れて行く予定だったんだと思うわ……」
罪人みたいに引っ立てられていくってこと?
想像しただけでゾッとしてしまう。
でも、樹はそれを一人で引き受けたんだ。私まで怖い目にあわないように。
「……樹って、大天狗の息子なんでしょ? 今の話を聞いてると、大天狗ってみんなのボスみたいな存在なんだよね? 樹がその息子なら、どうして小天狗は尊重しないのよ」
一つ目小僧が悲しそうな目をして口を開いた。
「咲様。樹様は、半分人間なんですよ……」
はっとした。
日向寺さんにも樹の姿が見えていたのは、樹が完全な妖怪じゃなかったからだったんだ……。
雪女さんの話によると、半分人間である樹は、大天狗の息子であっても一部の妖怪には煙たがられていたらしい。
樹はそんな中でも孤独に頑張っていたんだ。ケンカをしても、自分からは手を出さずに。
私の胸には、やるせなさと怒りがこみあげてきた。
だって樹が半分人間なのは樹のせいじゃないし、樹がやったことは、悩めるあやかしたちのためだったんじゃない!
「私、その、小天狗ってヤツらに会いに行ってくる」
「で、でもぉ咲様。樹様は咲様に危害が及ばないように、雪女に咲様を守るようお願いしたんですよ」
一つ目小僧はおろおろと止めに入った。
「私はそんなこと樹から聞いてないから知らないよ! じゃあ、ここでずっと待ってろって言うの? 絶対にイヤ! 私は無関係じゃないもの。私の考えたコーデも原因の一つなんでしょ? だったら私も行く。何が気に入らないのか、そいつらに直接聞きに行くよ!」
お腹の中が怒りでぐらぐら煮えたぎっている。
このまま待ってたら、頭から噴火でもしてしまいそうだ。
今にも飛び出して行こうとする私の腕を、一つ目小僧が必死につかんで引きとめる。
「わああ、咲様ダメですよぅ! この近くには小天狗が飛んでいるんです。雪女の結界から出たら見つかってしまいます!」
「望むところよ、怖くなんてないんだから! 樹のことろに連れて行ってくれるなら好都合じゃん!」
「もぉぉぉーーー、雪女! 見てないで止めてください!」
雪女さんはそんな私たちのやりとりをながめていたけれど、やがて頬に手をあてて、ため息をついた。
「仕方ないわよねぇ。そもそも樹様が捕まったって話バラしちゃったの、あなたじゃない? 一つ目小僧」
「うっ……」
反省しているのか、一つ目小僧はうなだれる。
私はどれだけ止められようと、樹のもとにいくつもりだった。
彼は怒られるようなことなんてしていない、と私が説明したかった。
「咲さん、私が、大天狗様のおわす山まで道を開きます。一つ目小僧。あなた責任持って、咲さんを連れて行ってあげて。私は咲さんのひいおばあさまをここで守らないといけないから」
ふええ、といかにも一つ目小僧は困った様子だけど、私はそんなことに構ってなんていられない。
「ごめんね、一つ目小僧! もしイヤだったら、案内した後、戻っていいから」
「恩人の咲様を山の中に置いていけるわけがないでしょう……」
私は樹に渡すための紙袋を手にした。
雪女さんが引き戸を開けて、外の様子を私に見せる。
白い吹雪が渦巻いていて、向こうの景色は見通せなかった。そこに向かって彼女が手を一振りすると、黒いトンネルみたいな穴が開く。
「じゃあ、行きますよ、咲様。走ります。手を離さないで」
私と一つ目小僧は、しっかりと手を繋いだ。私は見送る雪女さんを振り返る。
「ありがとう、雪女さん」
「あなたの気持ちはわかるわぁ~。愛しいカレシがピンチになってるのに、家で待ってたりはできないもんね!」
「はい?」
「ほら、咲様!」
ぐいっと引っ張られ、私たちはトンネルに飛びこむ。
「待って雪女さん! 私と樹は別に付き合ってな……! 付き合ってないのーーーー!」
笑顔で手を振っている雪女さんの姿は、トンネルに入るとあっという間に遠ざかってしまった。私の絶叫がむなしく黒いトンネル内に響きわたり、おそらくは雪女さんには届いていない。
これは……完全に誤解されている!
誤解を解きたかったけど、諦めてすぐに前に向き直った。今はそれどころじゃないことを思い出したからだ。
怖くないと言ったらウソになるけど、それ以上に樹を助けなきゃ、って気持ちが強かった。
一つ目小僧に手を引かれるまま、私は走る。見た目や口調からするとのんびりしている一つ目小僧だったけど、ものすごく軽やかに走っていくから、ついていくのは大変だ。
――樹、あんたばっかりいいカッコはさせないからね!
――あんたが怒られるなら、私だって一緒じゃなくちゃ……一人だけで済まそうなんて、いくら私のことを想ってくれたからって、そんなのって……
――さみしいじゃない。
いつも私を褒めてくれた樹。
助かったのは樹やあやかしだけじゃない。私だって、褒められて必要とされて、助けられてたんだよ。
学校ではほとんどぼっち。それがイヤではなかったけど、私も誰かに必要とされたいって思うこともあったからさ。
トンネルの出口が見えてくる。
私と一つ目小僧は、外へ飛び出した。