あやかし×コーデ

15、自由な時代


「父上」

 樹も前に出る。

「俺は、あやかしがもっと人間の文化を取り入れて生活してもいいと思うのです。時代は変わりました。我々あやかしは、数が減ってきているのです。これ以上減らないように、努力すべきです」

 樹のお父さんは、息子の言葉にだまって耳を傾けていた。

「人間に認識してもらえなくなり、消えていったあやかしがどれほどいたことでしょう。人間に気づいてもらえるように、そして自分に自信が持てるように、見た目を、服装を変えるのが、それほど悪いことだとは、俺は思いません」

 同じく黙って聞いていた小天狗が、きっと樹をにらみつけて詰め寄った。

「何を言うか! お前は、そう言って我々の今までの伝統をなかったことにしようとしている。あやかしの文化を、台無しにしようとしているのだ!」
「ちょっと……ちょっと待って下さい!」

 私もたまらなくなって、話に割って入ってしまった。小天狗がものすごい顔で私をにらむ。
 ま、まあ、私は部外者だからね……何だお前! て顔を向けられても仕方ないんだけど……。

「そうだ。その者は?」

 低く、穏やかな大天狗の声が、私たちの間の緊張を少しだけほぐす。

「瑞野咲です。あやかしの服のコーディネートについて、相談にのっていました」

 旭百合子のひ孫です、と樹が紹介すると、大天狗は知っているのか「そうか、百合子か」と頷いていた。
 百合子おばあちゃんって、本当に、とんでもなく顔が広いみたいだ……。

「樹に相談して悩みごとを解決したあやかしたちは、みんな喜んでいました。だからあまり怒らないであげてほしいんです。みんなのためにやったことで……。それと、あの、樹は、あやかしの伝統をなかったことにしようとなんて、してなかったと思うんです。ほら、これ……」

 私は紙袋から、服を取り出した。樹が私と最初に会った時に着ていた、いわゆる「天狗の服」だ。修繕が終わり、ほころびもなく、綺麗な状態に戻っている。

「どうでもいいと思っていたら、直したりしないでしょう?」

 またそでを通すつもりだったから、直してくれって頼んだんだもの。
 大天狗はしばらく樹の天狗の服を眺めていたけど、その視線を私に移した。

「咲よ。人間はよく着飾るな。どうして着飾る? お前の考えを申してみよ」

 着飾る。……オシャレする、って意味だよね。
 私は考え考え、言葉を継いだ。

「どうしてオシャレするかっていうのは、人によって事情は変わると思います。でも、良くなるためにするんです」
「良くなるため?」
「はい。私たちは、自分をもっと好きになって、楽しく過ごすためにオシャレをするんだと思います。ちょっとしたことでもいいんです。爪に色を塗るとか、首飾りをつけるとか、カワイイ色の靴下をはくとか……好きなものを身につけると、気分がアガるんです」

 小天狗たちは、自分の爪や足袋を見つめていた。

「そうか。ところで、お前たち人間は、いつも好き勝手な格好をしているわけではないな」

 大天狗は、人間の生活についても詳しいのかもしれない。私は頷いた。

「会社員である時は背広、スポーツ選手はユニフォーム、学生は制服を着る。そういう決まりがあるんです。自由な日には、決まった服を脱いで、好きな服を着ます」

 休みの日に、オシャレをしたりアクセサリーを身につけたり。そうしてみんな、楽しく、自分らしく生きている。
 しばらく黙っていた大天狗だったけど、一つ目小僧に声をかけた。

「どうだ、一つ目小僧。目を変えてみて、以前と心持ちが変わったか」

 一つ目小僧はまだ震えていた。それでも、ぐっと唇を噛んで、話し始める。

「……恥ずかしながら、私は自分の容姿に自信を持てずにおりました。一つ目が、何かひどく、醜いもののように思えまして……。しかし、咲様の提案で、こうして目の色を変えてみましたところ、自分の目が好きになれたのが不思議でした。人間を脅かすことも、抵抗なくできるようになったのです。樹様と咲様には、感謝してもしきれません」

 もしかしたら、自分はあのままどこにもいけず、誰からも存在を忘れられ、消滅してしまっていたかもしれないから――。
 そう、一つ目小僧は言った。

「小天狗たちの言うこともわからんではない。我々には、我々らしさというものもあるからな」

 大天狗は自分の顎をなでている。

「よって規則をもうけようではないか。同族の集会の時には、伝統的な衣装で出席すること。それ以外の場合、どのような格好で出歩いても罰することはない。好きにするがよい。以上だ」

 小天狗たちは不満そうに、驚きの声をあげたものの、大天狗の寛大な言葉に、一つ目小僧が嬉しそうに拍手をした。
 よかった、と私は胸をなでおろす。
 横目で見ると、樹も小さくため息をついていた。私がそちらの方に寄って、肘で樹をこづく。

「どうしてお父さんに相談しなかったのよ」
「小天狗ともめてることをか? 自分で解決するつもりだったんだ。告げ口なんかしたら……カッコ悪いだろ」

 やれやれ。意地張っちゃったってわけね。
 私は樹に天狗の服を渡した。これも樹の大切な服だ。樹はこの衣装を捨てて、あやかしの世界をガラッと変えてやろうだなんて思っていたわけじゃないんだよね。
 ちょっと、何かを変えるだけで、みんなが過ごしやすくなるならって、思ったんだよね。

「咲とやら」

 大天狗にまた声をかけられて、私はびくっとした。

「は、はい! なんでしょう……?」
「実を言うと、私も時々、こんなものをつけている」

 と、小さくてきらっと光るものを、大天狗が投げてよこしてきた。
 私はそれをキャッチして、手の中におさまったものを樹ものぞきこむ。

「これって……」

 ピアス、だよね。シルバーの、輪っかになったピアスで間違いない。かなり大きいものではあるけれど。

「お、お、大天狗様! あなたまで、人間の装飾品などを……!」

 小天狗は驚きすぎて、口、いやくちばしをぱくぱくさせている。

「これは、もう亡くなった樹の母親からもらったものだ。『あなたに似合うから』と言われた思い出の品。樹の前でつけたことはなかったが……。どうだ、似合うか」

 他にもいくつか持っていたらしく、大天狗は耳につけて見せる。
 確かに、よく似合っている。
 赤い肌や鋭い目つきに、いかついピアスは見事にマッチしていて。

「似合います! すごく、素敵」
「そうだろう。自分で見てもそう思う。これをつけている時は、機嫌が良くなる。もし他にも私に似合いそうなものがあれば、みつくろってきてもらおうか。それから、これからも同族たちの悩みを聞いてもらいたい。我々がより良く、暮らせるために」

 樹は、お父さんが人間のピアスを持っていたというのが初耳だったらしく、私から受け取ったピアスを、しげしげとながめていた。
 大天狗は、さすがみんなのまとめ役なだけあって、話がよくわかる人だ。

「はい。私でよければ、いつでも、あやかしコーディネートの相談、うけたまわります。お任せ下さい!」

 どん、と私は胸をたたく。
 迷ったこともあったけど、だれかが喜んでくれるなら、誰かのためになるのなら、私は精一杯頑張ろう。
 隣では、樹がピアスを握りしめたまま、私の方を見つめて微笑んでいる。

「やはり、お前に頼んでよかった」

 そして、さりげなく手をつないできたのでぎょっとした。
 ちょ、ちょちょちょ、何?!
 何の手繋ぎ?!

「父上。ありがとうございます」

 樹が頭を下げるので、私も一応、下げておいた。
 ちらっと上目づかいで見てみると、大天狗は頷いている。

「己の姿は、己のためにある。そうだな、咲よ」
「はい」
「ならば、多少着飾ったところで、何を責められることがあろうか」

 にっと笑う大天狗の笑顔は、樹に似たところがあった。
 天狗にピアス。

 新しい時代が幕を開けた――そんな、気がした。
 とても素敵で、自由な時代が。
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