あやかし×コーデ

16、オシャレって


 * * *

 悩める者は、あやかしだけじゃなかった。
 ある日の夕方、私はいつの日か樹と歩いた公園の遊歩道を一人、散歩していた。
 小天狗の一人もオシャレしたいと言い出して(仲間には言わず、コッソリとだけど)、どんなコーデが似合うか考えるために歩いていたんだ。

 すると、ベンチにうなだれて座っている女の子の姿が目に入った。
 どこかで見たことがあるような気がするな。
 どこからどう見てもカワイイ服。ちょっと乱れてはいるけど、隙のないヘアースタイル。
 沈みつつある夕日に照らされている姿は、いつものハツラツとした様子とはほど遠い、けど……。

「日向寺さん?」

 声をかけると、その子はがばっと顔をあげた。私と目が合うと、とたんに眉をひそめて嫌そうな表情を見せる。

「出たわね! 瑞野さん!」

 出たわねってそんな……、人をお化けみたいにさぁ。

「どうかしたの?」
「別に、何でもない」
「何でもないって雰囲気じゃなかったけど……」
「何でもないったら、何でもない!」

 相当いらついているみたいで、日向寺さんは貧乏ゆすりを始めた。おまけに頭までかきむしっている。

「ねえ、髪が乱れちゃうよ」
「何よ、なんなのよ! ほうっといてよ、お節介!」

 仲良しの友達でもないし、声をかけられても迷惑かもしれない。
 でも、いかにも落ちこんでる人を前にして、素通りなんてできないんだよね。
 しかも、これは単なる勘なんだけど、日向寺さんの悩みって、私の好きなことと関係しているような気がしてさ。

「日向寺さんの悩み、当ててもいい?」
「はあ?」

 日向寺さんににらまれても、大して怖くはない。何せ最近は、おどろおどろしい顔をしたあやかしたちとたくさん会っているからね。
 怪訝そうな日向寺さんに、思い切って言ってみた。

「日向寺さん、いつもパーフェクトな流行りの服着てるけど、本当は好みじゃないんじゃないの?」

 日向寺さんの顔色が変わる。
 図星――みたいだ。

 前から気にはなってたんだよね。日向寺さんの格好って、誰もがうらやむ、センスの良いファッションだった。
 でも、私は知っている。
 たとえば女の子がみんな、美しいドレスを着たいわけじゃない。
 スカートよりもズボンが好きって子は多い。
 みんなにどれだけほめそやされても、着たいものを着ていなかったら、その子の笑顔はどこかゆがんでしまうんだ。

「……いいよね、瑞野さんは、自分の好きな服、着れるんだからっ!」

 日向寺さんが声を張り上げる。
 私に向かってというより、地面に吐き捨てるように言っていた。

「私の服は、全部ママが決めるの。一番イケてる服をリサーチして、私に着せるんだよ。そうしたら、みんなほめてくれる。カレシだって、乃愛はすごくオシャレでカワイイって言ってくれるんだ。だけど……だけど、私は……」

 日向寺さんが着ている服は、いつもみんなの「正解」だった。
 うちの学校のファッションリーダーみたいな存在。

「あのさぁ、日向寺さん。服ってさ、こういうもの着なくちゃいけないって決まり、ないんだよ。流行りのものでも、流行りのものじゃなくても、いいんだよ。自分がいい! って思えるものを身につけるの。自分が楽しむために」

 オシャレって、そういうものだから。

「……『完璧』じゃないのって、怖くない? 誰かに何か言われるの、嫌じゃない?」

 日向寺さんは、鼻をすすっている。

「私は私の『完璧』をさがしてるからなぁ。笑われたら、うるせー! って心の中で言い返してやるし。私の好きなもの着て、何が悪いんだーって」
「……瑞野さんって、神経が図太……ううん、心が強いんだね……」

 今、神経が図太いって言いかけなかった?
 ……許してあげよう。訂正したし、神経図太いの、本当だし。

 あやかしたちがお店に次々訪ねてくることに、すっかり慣れっこになっちゃったもんね。
 日向寺さんは、大きくため息をついた。
 どんよりしていた目に、少しだけ光が戻る。ずっと自分を偽り続けて、爆発してしまったみたいだった。

「今まで、いろいろつっかかってごめんなさい。瑞野さんって他人の目とか気にしないで、自由にしてて、そういうところがうらやましかったんだ……」

 日向寺さんがだれかをうらやましがるなんて意外なこともあるんだなぁ。しかも、よりにもよって私をうらやましがるなんて!
 私だって、日向寺さんがうらやましいけどね。スタイルいいし、顔もめちゃくちゃ可愛いし……。

「日向寺さんもさ、時々、うんと自分の好きな服、着たらいいんだよ。日向寺さんは可愛いから、どんな服でも似合うしね。私が保証する」
「誰かに、笑われたら?」
「私がそいつに、うるせー、ほっとけ! って言ってあげる」

 私が歯を見せて笑うと、日向寺さんもようやく、少しだけ笑った。

 * * *

「今日もう一人来る予定の子って、瑞野さんだったの?」

 駅前の待ち合わせ場所に立っていたのは、日向寺グループのメンバーたち。
 驚きの声で私を迎えたのは、例の座敷わらし騒動で危うく家運が傾きかけた木下さんだ。
 私はこの日、日向寺さんに頼まれて、この駅前までやって来た。

「なんで乃愛が、瑞野さんを?」

 他の子と木下さんが、ヒソヒソ話をしている。
 私から理由を話すのもどうかと思って、黙っていた。
 そうして、私と木下さんたちは微妙に距離を開けながら、日向寺さんが来るのを待っていた。

「あ、日向寺さん、来たよ」

 私が声をあげるも、木下さんたちはキョロキョロ辺りを見回している。

「え? どこ? どこに乃愛がいるって?」
「みんなー、お待たせ!」

 目の前に立った日向寺さんを見て、木下さんたちはぽかんと口を開けた。
 ツインテールにパステルカラーのトレーナー。トレーナーにはもこもこウサギがついている。ウサギの上に書かれた文字は、「ラブアンドドリーム」。
 厚底スニーカーに、キュロットスカート。背負うリュックもぬいぐるみみたいなウサギちゃん。

「ど……どうしたの、乃愛、その格好……」
「こういうファッションが好きだから着てきたの。それだけ」

 そう。実はこのファンシーファッションこそが、日向寺さんが着たいものだったんだ。
 中学二年生にしては子供っぽすぎて、抵抗がある。悩んでる。そう相談を受けた。
 着たらいいじゃん、と私は言った。

 だって、着たいんだからね。
 こうして着てみると、目立つけど、日向寺さんにとても似合っていた。

「おかしいかなっ?!」

 少し顔を赤らめながらも、挑むように、日向寺さんは木下さんたちへと進み出る。

「……い、いや。おかしくはないよ。いつもと雰囲気が違うからびっくりしただけで……。カワイイよ」

 木下さんの言葉を聞いて、日向寺さんはほっとしたようにほおをゆるめた。
 私が、うるせー、ほっとけ、って言う必要はないみたいだね。

「じゃあ、私はこれで……」

 と帰ろうとしたところ、日向寺さんに、ぐわしっと思い切り腕をつかまれてしまった。

「どこ行くのよ、咲!」
「どこって、帰ろうと思っ……え、咲?」
「友達だもん、咲って呼んでもいいでしょ? 私のことも、乃愛って呼んで! いい、真里奈。今日は咲も一緒に遊びに行くからね!」
「乃愛がそう言うんなら、別に文句はないけど……」

 ええ……ええ~? トモダチ?!
 これはまさかの急展開。
 私があの日向寺さんと友達になるだなんて。
 日向寺さんは腕をがっちりつかんで離さない。

「あのねぇ、咲。ありがとう」

 歩きながら、日向寺さんは恥ずかしそうに耳元でつぶやいた。
 日向寺さんは、やっぱり可愛い。好きな服を着てる日向寺さんは、いつも以上に魅力的だった。
 表情がぱあっと明るくて、全身からウキウキした気持ちがにじみ出ている。

「咲のおかげで勇気を出して、好きな服が着られたよ。細かい部分も相談にのってくれてありがとうね。このコーデ、サイッコー」
「それは、よかった。日向寺さんも、サイッコーに似合ってるよ」

 私と日向寺さん、ううん、乃愛は、顔を見合わせて笑った。
 友達なんていなくても平気って思ってたけど、いたらいたで楽しいものだ。
 なんだか、これからの私の生活が輝いているような気がしてくる。

 新しい生活へのワクワク。
 好きなことを考えて、好きな人たちと過ごして、好きな服に身を包んで、私らしく生きていけたらいいな。

 オシャレって、楽しい。
 自分のオシャレも、他人のオシャレも。
 私はだれかの笑顔のために、この先もずっと、ファッションに関わっていけたら、いいな。
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