離縁を告げた夜、堅物御曹司の不器用な恋情が激愛豹変する

 真木さんはいったいなにを言っているのだろう。

 よくわからないが、今日の朝は時間がなかったから、あまりちゃんと鏡を見てこなかった。髪形やメイクがおかしいなら、直した方がいいだろう。

 メイクポーチを片手にオフィスを出て一番近い化粧室に駆け込んだ私は、さっそく鏡の前でジッと自分を観察してみる。

 別にアイメイクが滲んでいるわけでもなく、テカリがひどいわけでもなく、唇が乾燥しているわけでもない。

 あちこち睨んでも謎が解けないまま、少しゴムが緩んでいたハーフアップの髪を結び直そうと軽く髪を持ち上げる。

 すると、首筋のちょうど耳の下辺りに、虫刺されのように皮膚が赤くなっている場所を見つけた。

 別にかゆくはないけれど、こんなところ、いつ……。

 鏡に顔を近づけて目を凝らした瞬間、そこに映る自分の頬がぶわっと赤く染まった。

「こ、これ……っ」

 よく見ると虫刺されではなく、花びらのように小さな内出血だ。そういえば、珀人さんがゆうべここに激しめのキスをしていたような……。

 真木さんには恥ずかしいところを見られてしまったが、教えてくれて助かった。

 慌ててポーチの中を探りコンシーラーを引っ張り出すと、なんとか周囲の肌の色と同化させ、カモフラージュする。

「これで大丈夫なはず……」

 濃密な夜の名残を消すことに成功し、安堵の息をつく。

 しかし、離婚するはずの夫から受けた最初で最後の寵愛の記憶はどうしたって消せそうにない。

 キスマークを残すほどの独占欲を向けられたことも意外で、せっかく別れようと決意したはずの気持ちが、ぐらぐらと揺れていた。

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