嘘でも恋していいですか?

第1話 キリンと豆


 ねえ──。
 ほんの少しでも、私といて、幸せでしたか?

 そして私は、うつろう意識の中でわずかに頬を緩め、ゆっくりと、瞼を落とした。

 ***

「────来てしまった……」

 昼間の駅前の雑踏の中、私はほんの少しだけ、ほんっっの少しだけ後悔していた。

「あぁ、何で私、来ちゃったんだろう……」
 いや、まぁ、私が約束を取り付けた張本人なんだけど……だけど、やっぱり緊張はするもんは仕方がない。
 今日、私は──彼氏となる人と初めて会うのだから……!!

 嘘彼だけど。

 ────レンタル彼氏。
 先日、ある理由で彼氏に別れを告げられた私は、どうしようもなく、ただ彼氏というものに愛される思い出が作りたくなったんだと思う。
 嘘の彼氏の時間をお金で買う、レンタル彼氏というものに手を出したのだ。

 すぐにネットで検索をして、適当に選んだ人にオファーして、会う日までずっとLIMEのやり取りを続けてきた。
 
 そして今日。
 その嘘の彼氏と待ち合わせているわけだが────。

「……顔がわからない」
 ホームページに少しだけぼかしのかかった写真があった気がするけれど、そこまで顔のことを気にして見たことが無かったから覚えていない。
 身長や体重の情報も確かあったような気がするけれど、そもそもプロフィールすら見ていない。

 ただ誰でも良いからとオファーしてLIMEを続けてきただけで、待ち合わせ場所が駅前だってこと以外今日のことに関して何もわからん!!

 とにかく、それっぽい人を探そう。
 なんか……多分チャラそうな人!!

 そんな少しばかり失礼なことを考えながら辺りを見回すも、休日の駅前はたくさんの人でごった返している。
 落ち着いた紳士からからチャラそうな男までよりどりみどりに揃っていて、どれが私の彼氏かわからない。

 不審者の如くきょろきょろと顔を動かしていたその時だった。

「舞ちゃん?」
「!?」

 背後から、私の名を呼ぶ低く落ち着いた声。
 私がゆっくり振り返ると、そこにいたのは、大きな大きな──キリンのように背の高い男の人だった。

 パーマのかかった黒髪に、しゅっとした切れ長の瞳。
 何よりすんごい背が高い。
 モデルか?
 悪いがモデルに知り合いは──ん? もしかして……。

「瑠璃、さん?」
 私が遠慮がちにその名を口にすると、男はふわりと表情をやわらげてから頷いた。
「うん。そうだよ。初めまして」

 彼氏だったぁああああああ!!

 名前以外も見ておくんだった……。
 こんなモデルだなんて聞いてない。
 どうしよう。
 あっちはスタイル良しのキリンさん。
 対してこっちは身長150センチの豆。
 逃げて良いですか?

「あ、あの……よろしく、お願いします」
 逃げる勇気もなく頭を下げる私は、ただの意気地なしの豆だ。

「ははっ何で敬語? メールで敬語無しでって言ってたでしょ。こちらこそよろしくね、舞ちゃん」
 低く落ち着いた声が耳に心地いい。

「あ…………うん。よろしく」

 こうして私たちは嘘の恋人の時間を過ごす。

 互いの素性を知らないままに。
 互いの事情を知らないままに。

 ただその時間だけを。
< 1 / 9 >

この作品をシェア

pagetop