無口な人魚姫と粗暴な海賊
1話
満月が空の真上に浮かび、穏やかな水面に美しく反射する夜。
浜辺から少し離れた岩場に腰を下ろした少女から紡がれるのは、どこか悲しく胸を掴まれるような美しい歌声。
その歌声に魅せられるように、ひとりの青年が少女に声を掛けた。
「アンタ、随分きれーな歌声してんな。」
少女が振り向くと真後ろに青年が立っていた。
美しい金色の短髪の少し跳ねた髪。
アメジストの宝石のような紫色の鋭い瞳。
左眼は黒の眼帯で覆われていたが、彼の放つオーラが損なわれることが無い。
腰を半分ほど海水に浸した青年の豪華で華美な衣装はずぶ濡れになってしまっている。
しかし、青年はずぶ濡れにも関わらず、気にする素振りが一切なかった。
少女の雲ひとつない青空のような色を纏った美しい瞳を、強気且つ不敵な笑顔で眺めている。
「なぁ……。アンタ、俺と一緒に来ないか?」
突然の申し出に少女の大きな瞳がさらに大きくまん丸になり、驚きの色を浮かべた瞳が見開かれる。
少女の初心な反応が新鮮で、青年の心にフッとイタズラ心が沸きあがる。
青年は少女のサラサラのピンク色の髪を一束優しく掴むと、自身の唇に押し当てた。
「俺と一緒に来たら、そんな悲しい顔はさせねぇ。」
少女の瞳が困惑と驚きに揺れる。
これが、愛し合う恋人同士なら少女は喜んで青年の言葉に頷き、その大きな胸板に飛び込んでいただろう。
しかし、少女と青年は恋人同士ではない。
ましてや、友人でも知り合いでもない。
今日、出会ったばかりの初対面だ。
それでも少女の瞳に恐怖の色が浮かんでいないのは、青年の瞳から悪意を感じないことと、自分のどうにもならない環境をどうにかしたいという気持ちがあったから。
とはいえ、少女は青年の性格を知らない。
初対面なのだから名前すら知らない相手なのだ。
自分に訪れた転機にどうしたものかと戸惑う。
そんな少女の気持ちを汲み取ったのか、青年が優しく微笑む。
その瞳は鋭いが、少女の心を溶かしたいという気持ちが伝わってくる。
「俺とアンタは初対面だ。いきなりこんなこと言われて戸惑うのも分かる。だが、俺はアンタの歌声を気に入っちまった。だから、俺はアンタを誘った。初対面の男にこんなこと言われても、信じきれねぇかもしれねぇが、さっき言ったアンタのことを悲しませることはぜってぇにしねぇ。」
青年の嘘偽りのなさそうな瞳と、真っ直ぐな言葉。
どうする?と言いたげな青年の瞳を見て、少女は覚悟を決めた。
胸の前でぎゅっと握りこんでいた小さな手を青年の方に伸ばす。
青年は少女の手をパシッと掴むと、少女をグッと抱き寄せる。
その勢いのまま、少女を横抱きにすると青年は、すぐ傍に停泊している自身の海賊船へと向かって歩き出した。
青年にされるがまま運ばれる少女を見て、青年がカラッと笑う。
「これからよろしくな。人魚姫さん?」
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