夜を繋いで君と行く
* * *

「怜花、どうしたの?ぼーっとして。」

 怜花はただ、ぼんやりとカーテンの向こう側の夜空を見つめていた。ふと何気なく、思い出しただけだったのだ。特に理由もなく。ゆっくりと声の方を振り返ると、優しい視線にぶつかった。

「…なんか、思い出してた。出会ってからのこととか、まさかこうなるとは思ってなかったよなぁって。」

 優しいのは視線だけではない。伸びてきた手が怜花の腕に触れ、手のところで止まる。手を軽く引いて、指を絡めて遊びながら見上げてくる人は、もうすでにベッドに寝転んでいる。

「それは、俺と付き合う気はなかったってこと?」
「なかったよ、実際。最初から言ってたじゃん、男は嫌いって。」
「言ってたね、懐かしい。」

 くすっと笑って、遊んでいた指を解かれる。そしてその手はそのまま怜花の腕を引っ張った。仕方がないので、怜花もベッドに潜ることにする。伸びてきた腕に包まれると、不安な思考はすぐに吹き飛び、ただその胸にすべてを預けてもいい人になれる。その時間と温度を受け入れられるようになるまでも長かった。

「プライベートでちゃんと約束して会ったのって、あのバーベキューが最初か。」
「うん。あの日の私は普通にめちゃくちゃ警戒モードだったからね。」

 ふふ、と笑う声が怜花の耳をくすぐった。彼が外ではこんなに気の抜けた笑い方をしないと知っている。この柔らかくて甘えたような笑い声は怜花だけの特権だ。

「覚えてる覚えてる。でもちゃんと、可愛かったのも覚えてるよ。可愛く、一回だけ笑ってくれた。」

 怜花はゆっくりと目を閉じる。2人の距離が一番遠かった、あの日のことを脳裏に思い浮かべながら。

「可愛いって言われたから、私は逃げたんだよ?」
「そうそう。あまりの俊足にすっげぇ驚いた。大人が全速力で走ると思わないじゃん。」
「でもあそこで全力で走ったから、その後の逃走に警戒されちゃうんだけどね。」
「俺の記憶力、あんま舐めないでって。怜花が言ったこと、あの時は今よりもずっと必死に聞き落とさないようにしてたし。」
「そんなに?でも私はその後、律の記憶力の良さをずーっと感じることになるからね。」
「違いないね。」
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