逆ゼロ - The Other Fragments ユキちゃん
ユキちゃん 前編
ユキちゃんと私を乗せたエレベーターが、1階に到着した。
西に傾いた陽がガラス越しに差し込み、エントランスの床を柔らかなオレンジ色に染めている。
「薫、今日は楽しかった。来てくれてありがとう」
彼は紙袋を手渡しながら微笑んだ。切れ長の目がきゅっと細まり、整った顔立ちが少しだけ幼く見える。
「こちらこそ。これ、貸してくれてありがとう。明日返すから」
私は袋を受け取りながら笑顔を返した。
「本当に送らなくていい? 今から打ち合わせだから、ついでに乗せていけるけど」
私は軽く首を振る。
「大丈夫。駅前で買い物してから帰るから」
ユキちゃんは「ああ」と短く頷くと、にんまりと笑って一歩近づき、私の耳元へ唇を寄せた。
誰にも聞こえないような小さな声で囁かれた言葉に、思わず頬が熱くなる。私は顔を両手で覆った。
「ちょっと、ユキちゃん……そういうこと言わないで。恥ずかしいよ」
彼はくすっと楽しそうに笑い、「じゃ、また明日」と片手を軽く挙げ、踵を返して歩き出した。
チャコールグレーのロングコートの裾が、彼が歩くリズムに合わせてふわりと揺れる。街路樹の緑に囲まれた道を歩くその後ろ姿は、まるでランウェイの一幕のようだった。
立ち姿も仕草も洗練されていて、思わず見惚れてしまう。さすがモデルだ。
最近は、海外のコレクションにも出演しているらしい。誌面で見る彼は、クールなルックスと隙のないポーズで、その場の空気ごと引き込んでしまうプロフェッショナルな顔をしている。
そんなユキちゃんだけど、私の前では拍子抜けするくらい気さくで優しい表情を見せるのだ。
怖がりなくせにホラー映画が大好きで、「余裕だよ」なんて言いながら、いつもクライマックスでは指の隙間からそっと覗いている。そういうところ、大学時代から本当に変わっていない。
頼れるのにどこか抜けていて、放っておけない。そんな自慢の友達──それがユキちゃんだった。
「今日の夜ご飯、張り切って作ろう」
そう呟いて、私はステップを降りていく。
──まさか、その姿を蓮さんが見ていたなんて。このときの私は、まだ知る由もなかった。
西に傾いた陽がガラス越しに差し込み、エントランスの床を柔らかなオレンジ色に染めている。
「薫、今日は楽しかった。来てくれてありがとう」
彼は紙袋を手渡しながら微笑んだ。切れ長の目がきゅっと細まり、整った顔立ちが少しだけ幼く見える。
「こちらこそ。これ、貸してくれてありがとう。明日返すから」
私は袋を受け取りながら笑顔を返した。
「本当に送らなくていい? 今から打ち合わせだから、ついでに乗せていけるけど」
私は軽く首を振る。
「大丈夫。駅前で買い物してから帰るから」
ユキちゃんは「ああ」と短く頷くと、にんまりと笑って一歩近づき、私の耳元へ唇を寄せた。
誰にも聞こえないような小さな声で囁かれた言葉に、思わず頬が熱くなる。私は顔を両手で覆った。
「ちょっと、ユキちゃん……そういうこと言わないで。恥ずかしいよ」
彼はくすっと楽しそうに笑い、「じゃ、また明日」と片手を軽く挙げ、踵を返して歩き出した。
チャコールグレーのロングコートの裾が、彼が歩くリズムに合わせてふわりと揺れる。街路樹の緑に囲まれた道を歩くその後ろ姿は、まるでランウェイの一幕のようだった。
立ち姿も仕草も洗練されていて、思わず見惚れてしまう。さすがモデルだ。
最近は、海外のコレクションにも出演しているらしい。誌面で見る彼は、クールなルックスと隙のないポーズで、その場の空気ごと引き込んでしまうプロフェッショナルな顔をしている。
そんなユキちゃんだけど、私の前では拍子抜けするくらい気さくで優しい表情を見せるのだ。
怖がりなくせにホラー映画が大好きで、「余裕だよ」なんて言いながら、いつもクライマックスでは指の隙間からそっと覗いている。そういうところ、大学時代から本当に変わっていない。
頼れるのにどこか抜けていて、放っておけない。そんな自慢の友達──それがユキちゃんだった。
「今日の夜ご飯、張り切って作ろう」
そう呟いて、私はステップを降りていく。
──まさか、その姿を蓮さんが見ていたなんて。このときの私は、まだ知る由もなかった。
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