蝶々のいるカフェ
第1話 いつものカフェ
自宅から近いわけでもなく遠いわけでもない、程よい場所にあるカフェ。運動になりそうで、実はならなさそうな距離だ。古い民家を買い取って、店にしたらしいが、なぜかレンガ造りの建物だったりする。以前住んでいた人の趣味だろうか。
そして、私は今、そのカフェの前にいる。
吊るされている看板には『カフェ バタフライ』と記されている。バタフライとは蝶々の事であるが、店名としてはちょっと変な気もする。
そんなことを思いつつ、ドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
マスターの声だ。そして、私はいつもの席に座る。マスターは少し白髪交じりで眼鏡を掛けている。ただ、今日の眼鏡はちょっといつもと違うようだ。
「エスプレッソを頼む」
私はいつもと同じメニューを注文すると、マスターは言った。
「新しい趣を始めましてね。スマホはお持ちですよね?」
どうやら、スマホのアプリを作ったようだ。今はお店のアプリも流行っているしな。ただ、メニューを選んだりするものではないらしい。どういうことなんだろう。
「ダウンロードは終わりましたか? アプリを起動させてみてください。そして、店内をかざしてみてください」
私はマスターの言われるままに、スマホを持ちあげて、店内に向けて、画面を見てみた。カメラ機能が働いて、そのまま店内が映される。
「写真でも撮らせる気かい?」
「なにか飛んでいませんか?」
私は画面をぐっと凝視してみた。よく見るとなにやら羽をはばたかせて飛んでいるものがある。蝶々だ。
「蝶々が飛んでいるでしょう。それがこの席に止まったら、特別メニューを無料で出しますよ」
スマホの画面を見ていると、蝶々がどんどん近づいてくる。蝶々の動きに合わせて、私はスマホの位置や角度を変える。
どうやら、本当に私の席に来るようだ。この席に止まったら、特別メニューがいただける。それはどんなものだろう。
……
しかし、蝶々は私の席を素通りして、隣の席に止まってしまった。
「なんだ。残念だ」
「残念ですが、特別メニューは次の機会に」
でも、どうして隣の席に止まったのだろう。そこには誰も座っていないのに。
座っていないのは当然だった。予約札が置いてある、予約した客が来れば、札は取り除かれているだろう。
しばらく待っていると、マスターがやってきた。
「お待たせしました。エスプレッソでございます」
「ありがとう」
カップをテーブルに置き、頭を下げた。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言い、カウンターへ戻っていった。
私は隣の席が気になりながらも、カップを取って、頼んだエスプレッソを飲んだ。
苦みがあるが、コクがある。この濃厚なコーヒーが好きだ。
そういえば、さっきの蝶々はまだいるのだろうか。私はスマホを取り出し、隣の席へかざそうとした。
「お客様。スマホをかざすのは注文時だけになっております。いつでもかざせるようにすると、他のお客様に迷惑になってしまうので」
マスターの声がした。確かにいつまでもスマホをかざしていては、店の雰囲気もよくないだろう。
私はスマホをテーブルへ置いた。
カランカラン……
その時、ドアが開いた。
視線をドアへ向けると、男女が並んで入ってきた。男性は黒いジャケットを羽織り、女性はベージュのトレンチコートを羽織っていた。
その男女はこちらへ向かってきた。そして、隣の予約札がある席へ着いた。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですね」
マスターがそう言って、やってきた。
「はい。このカフェは彼女と初めて会った場所でね。そしてこの席も。案内されるわけでもなく、勝手に席に着いてすみません」
男性はそう言った。
マスターと男女のやり取りを横目で気にしながら、聞いていると、例のスマホアプリの説明が始まった。
アプリをインストールし、男女は蝶々を探す。スマホを周りに向けるが、どうやら見当たらないようだ。
ふと諦めて、男女はスマホをテーブルへ下ろそうとした。
「テーブルのところに、すでにいるわ」
女性がそう叫んだ。
「本当だ。予約席の札の上にたかっている」
男性もそう叫んだ。
なんだ、蝶々はさっきの場所にずっといたんじゃないか。私は心の中で呟いた。
その男女には特別なメニュー、豪華なケーキなどが出されていた。
蝶々はこの人たちを祝いたかったのだろうか。
私はそう思いながら、レジで会計を済ませた。
「またどうぞ」
私にも蝶々が来ることがあるのだろうか。そう考えながら、店を出た。
そして、私は今、そのカフェの前にいる。
吊るされている看板には『カフェ バタフライ』と記されている。バタフライとは蝶々の事であるが、店名としてはちょっと変な気もする。
そんなことを思いつつ、ドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
マスターの声だ。そして、私はいつもの席に座る。マスターは少し白髪交じりで眼鏡を掛けている。ただ、今日の眼鏡はちょっといつもと違うようだ。
「エスプレッソを頼む」
私はいつもと同じメニューを注文すると、マスターは言った。
「新しい趣を始めましてね。スマホはお持ちですよね?」
どうやら、スマホのアプリを作ったようだ。今はお店のアプリも流行っているしな。ただ、メニューを選んだりするものではないらしい。どういうことなんだろう。
「ダウンロードは終わりましたか? アプリを起動させてみてください。そして、店内をかざしてみてください」
私はマスターの言われるままに、スマホを持ちあげて、店内に向けて、画面を見てみた。カメラ機能が働いて、そのまま店内が映される。
「写真でも撮らせる気かい?」
「なにか飛んでいませんか?」
私は画面をぐっと凝視してみた。よく見るとなにやら羽をはばたかせて飛んでいるものがある。蝶々だ。
「蝶々が飛んでいるでしょう。それがこの席に止まったら、特別メニューを無料で出しますよ」
スマホの画面を見ていると、蝶々がどんどん近づいてくる。蝶々の動きに合わせて、私はスマホの位置や角度を変える。
どうやら、本当に私の席に来るようだ。この席に止まったら、特別メニューがいただける。それはどんなものだろう。
……
しかし、蝶々は私の席を素通りして、隣の席に止まってしまった。
「なんだ。残念だ」
「残念ですが、特別メニューは次の機会に」
でも、どうして隣の席に止まったのだろう。そこには誰も座っていないのに。
座っていないのは当然だった。予約札が置いてある、予約した客が来れば、札は取り除かれているだろう。
しばらく待っていると、マスターがやってきた。
「お待たせしました。エスプレッソでございます」
「ありがとう」
カップをテーブルに置き、頭を下げた。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言い、カウンターへ戻っていった。
私は隣の席が気になりながらも、カップを取って、頼んだエスプレッソを飲んだ。
苦みがあるが、コクがある。この濃厚なコーヒーが好きだ。
そういえば、さっきの蝶々はまだいるのだろうか。私はスマホを取り出し、隣の席へかざそうとした。
「お客様。スマホをかざすのは注文時だけになっております。いつでもかざせるようにすると、他のお客様に迷惑になってしまうので」
マスターの声がした。確かにいつまでもスマホをかざしていては、店の雰囲気もよくないだろう。
私はスマホをテーブルへ置いた。
カランカラン……
その時、ドアが開いた。
視線をドアへ向けると、男女が並んで入ってきた。男性は黒いジャケットを羽織り、女性はベージュのトレンチコートを羽織っていた。
その男女はこちらへ向かってきた。そして、隣の予約札がある席へ着いた。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですね」
マスターがそう言って、やってきた。
「はい。このカフェは彼女と初めて会った場所でね。そしてこの席も。案内されるわけでもなく、勝手に席に着いてすみません」
男性はそう言った。
マスターと男女のやり取りを横目で気にしながら、聞いていると、例のスマホアプリの説明が始まった。
アプリをインストールし、男女は蝶々を探す。スマホを周りに向けるが、どうやら見当たらないようだ。
ふと諦めて、男女はスマホをテーブルへ下ろそうとした。
「テーブルのところに、すでにいるわ」
女性がそう叫んだ。
「本当だ。予約席の札の上にたかっている」
男性もそう叫んだ。
なんだ、蝶々はさっきの場所にずっといたんじゃないか。私は心の中で呟いた。
その男女には特別なメニュー、豪華なケーキなどが出されていた。
蝶々はこの人たちを祝いたかったのだろうか。
私はそう思いながら、レジで会計を済ませた。
「またどうぞ」
私にも蝶々が来ることがあるのだろうか。そう考えながら、店を出た。