雨の日、君に恋をした
第10話 歪み始めた恋
ある日、放課後にひなが友達と最近好きなアーティストの話をしていると、横で悠真が小さく拗ねた顔をしているのに気づく。
「それ、俺知らなかった……」
無言で顔をしかめて見せる仕草は、どこか可愛らしく、ひなは思わず微笑んだ。
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友達との集まりで少し帰りが遅くなった夜。
駅のホームに立つと、そこに見慣れた背中があった。
「……悠真?」
声をかけると、彼は振り返らずに言った。
「待ってた」
驚きと同時に胸がざわめいた。
私が答えた帰宅時間より、すでに一時間以上遅れている。
「なんで……」
問いかけると、悠真は短く答える。
「一緒に帰るよ」
彼の笑顔がライトに照らされて眩しく見えた。
その声音は、優しさよりも鋭さを帯びていた。
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「今日食堂で一緒にいた男。誰?」
二人のアパートに着くと、悠真は真っ直ぐひなを見つめ、低くつぶやく。
息を呑んだ。
グループ課題で一緒になって、みんなでご飯食べながら話していた。そう説明しようとしたけれど、悠真は遮るように近づいてきた。
「楽しかった?……俺以外の男と、そんなに仲良くしないで」
そして、強引に腕を引き寄せられる。
「違うの、ほんとに。授業で……」
必死に弁解する声は、悠真の低い声にかき消される。
「言い訳はいらないよ」
唇が強く重ねられ、背中を抱きすくめられた。
「ひなは可愛くて、優しいから、悪い男が寄ってくるんだよ」
逃げられないほど深く。
呼吸が奪われるくらいに。
「……ひな」
耳元に落とされた声は甘いのに、底に濃い闇を含んでいた。
「俺以外、見ないで。俺だけ見てればいいよ」
「私が好きなのは悠真だよ」
私の声は震えていた。
彼の目には、不安とも恐怖ともつかない影が揺れている。
好きだという言葉だけでは足りない。
そう訴えているようだった。
胸の奥に熱と同時に、かすかな恐怖が生まれる。
――この人を追い詰めているのは、私なんだろうか。
けれど。
抱きしめられる腕の強さから逃げられないまま、私はただ瞼を閉じた。
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始めは可愛かった悠真のヤキモチが、徐々に形を変えていった。
友達と話すだけで拗ねたり、他の男子の存在に敏感になったり。
最初は愛らしい仕草だったのに、次第にひなの心を強く揺さぶる嫉妬に変わっていった。
夜、悠真の穏やかな寝顔を横で見つめていた。
ひなはそっとつぶやく。
『悠真。どうしたら安心してくれるの?』
胸の奥に広がる温かさと不安が、複雑に絡み合う。
――こんな悠真、知らなかった。
私が彼を待たせたから。好きと伝えるまでに時間がかかってしまったから。私が彼を追い詰めてしまったのかもしれない。
胸の奥に広がる温かさと、不安が混ざった感情に、ひなは少し息をつく。
――でも、悠真のすべてを知るのも、きっとこれからなのだろう。