彼と妹と私の恋物語…結婚2週間で離婚した姉が再婚できない理由…
給湯室の出会いから数日後。

オフィスフロアがにわかに騒然となった。
「誰かドイツ語がわかる者はいないのか!」
海外事業部長の焦った声が響き渡る。ドイツの重要取引先との電話会議中、先方の担当者が感情的になり、通訳を介さず直接ドイツ語でまくし立ててきたのだ。
担当社員はオロオロするばかりで、誰も対応できない。

50億という大型契約がかかった、 crucial な局面だった。

誰もが固唾をのんで見守る中、「あの…」とおずおずと手を挙げたのは、コピーを取りに来ていた楓だった。
「もしよろしければ、私が少しだけ…」
「君が?」
訝しむ視線が集まる中、楓は静かにヘッドセットを装着した。


次の瞬間、フロアの誰もが耳を疑った。
楓の口から、完璧な発音のビジネスドイツ語が、淀みなく流れ出したのだ。
それは単なる日常会話ではない。
法務や金融に関する専門用語を巧みに操り、相手の主張に冷静に反論し、そして新たな提案を投げかける、高度な交渉術そのものだった。

10分後。通話を終えた楓は、呆然とする事業部長に向かって深々と頭を下げた。
「お騒がせしました。先方、こちらの条件でご納得いただけたようです。50億の契約、正式に締結したいと」
「ご、50億!?」
フロアは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
交渉は5億だった。
だが、その10倍の50億の契約とは。
「これ、先方から日本語に訳した契約書が届いています」
サッとメール添付された契約書をコピーして渡した楓。

営業部の男性社員の一人がそれを受け取ると、目を丸くして驚いた。
「本当だ…。会話の中で、とても寄り添ってくれた気持ちは信頼へつながる。この契約には50億の価値があるとみなす…。って…」
驚きつつ楓を見る男性社員。
楓はそっと会釈をして、その場を去っていった。

「あの人…何者?」
他の社員も去り行く楓を目で追っていた。

「あんなにスラスラとドイツ語喋る人、始めて見たわ」
「あの人、ただの派遣社員でしょう?」
「いつも冴えないけど…」

その一部始終を、副社長室のガラス越しに見ていた秋太がいた。

「やっぱり彼女、ただ者じゃない…」

給湯室で出会った、少しドジで冴えない派遣社員。
だが、今の彼女はまるで別人だった。
あの圧倒的な実力と、それを隠そうとする謙虚さ。
秋太の胸に、強烈な興味と、抗いがたいほどの魅力が突き刺さった。

その日から、秋太の猛アプローチが始まった。
周囲が「なぜあの女に?」と訝しむ中、秋太だけは確信していた。彼女が、ただ者ではないことを。


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