もしも、あっちの部活を選んだら?

それぞれの初試合

コウの試合会場に向かっていると、市川さんたち一年女子グループがきゃっきゃしながら歩いていた。
行き先は私と同じだ。

コートごとに試合の進行はバラバラだけど、確実に進んでいる。
まだ自分の試合は先なのに近づいていると思うだけでソワソワしてくる。

コウの試合はもうすぐ。
私みたいにコウもソワソワしているのかな。

そう思ったらコウが少し可愛く思えてきた。

静かに見守られる中、コウの試合が始まった。
最初は相手がサーブ。この時点でコウがアドバンテージを取られている。

負けるな、コウ!
心の中でコウにエールを送る。

サーブを打ってきた。コウはそれを落ち着いて返す。
見ていて、すごく安心するプレイだ。

今のコウならどんなボールだって返せそう。
静かなラリーが続いていく。

でも、私にはわかる。
コウはじっくりと相手の取りにくい場所を狙って返している。

強烈な一撃で試合が決まることもあるけど、テニスのほとんどはラリーをずっと続けていく中で生まれるほころびを見つけられるかどうかだ。

コウはそのチャンスを虎視眈々と狙っているんだ。

そして、その瞬間は突然訪れる。

相手選手のショットがずれた。
コウがじわじわ攻めていたのが効いたんだ。

コウがその瞬間を見逃すわけがない。
すかさず前面に出ると見事なボレーで相手の逆サイドを打ち抜いた。

「ラブ、フィフティーン」

よし! サーブを打った相手から先制点を取れた。
この調子で行けば、コウがこのままブレイクすることもあり得る。

すごい、すごい、すごい!

コウってこんなにテニスが強かったんだ。
コウがまるでテニスのアニメの主人公みたいに見えてくるよ。

……って何考えているの、私。

コウはコウ。小さい頃からずっと腐れ縁で一緒にいる。
お互いそばにいるのが当たり前で、だから互いのことをずっと見てきて。
それ以上でもそれ以下でも何でもない。

「マッチポイント」

コウは順調にポイントを重ね、マッチポイントまで迫っていた。
そしてそのまま、華麗にブレイクを決めた。

「伊崎君、すごいかっこいいよね」

少し離れたところで市川さんたちがコウのプレイを見てはしゃいでいる。

コウと私は同じ一年で同じようにテニスを習っていたのに、今いる場所は全然違う。

そのままコウはサーブゲームもあっさりと決めていく。
コウの爽やかな横顔がコートのフェンス越しに見えた。

私にはきっとあんな笑顔ができない。
眩しいコウの笑顔を見るとなぜか心臓がチクッと痛んだ。

ドキッとするようで、でもなぜかズキっとした痛みもある。

コウがまたポイントをとる。
この勝負、きっとこのままコウが勝つ。

コウの初勝利を見たいのに、見たくない自分がいる。

市川さんがコウがプレイをする度に自分のことのようにはしゃいでいる。
どこを見ても胸が痛む。この場にいるのがなぜか辛い。

もう少しで試合が終わる。その瞬間を私は、見たくない。

コウが相手のボールを打ち返す。
スカッとラケットがボールを弾く音に跳ね返されたように足が動いた。

そしてこそこそと逃げるように、コートを後にした。
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