壁の中の彼氏
「他に思い出すことはない?」
 その質問に男は黙り込んでしまった。
 だけどこれだけ思い出すことができたのは大きな一歩だった。
 男は自分の記憶についてはなにも思い出せていなかったのだから。
「昔ね、その大学に通っていた人がいるんだって」
 返事はないが、亜美は一人で話続けた。
「その人の名前は飯島明人。小説家志望の大学生で、友人に橋田って人がいた」
 亜美はまた壁に耳をつけて反応を待つ。
 けれどいつまで待ってみても中から反応をもらうことはできなかった。
「……まぁ、それだけの話なんだけどね」
 亜美は軽く肩をすくめて、話を終わりにしたのだった。

☆☆☆

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