【完結】春の庭~替え玉少女はお飾りの妻になり利用される~

14 アースキン伯爵、フレデリックの過去

 私はケッペル男爵家の三男として生まれた。

 長兄は後継者、次兄はそのスペア。
 三男の私は何の責任もない、実に自由に適当に育てられた。それに私自身に別に不満はない、むしろありがたかった。
 長兄は後継者として厳しく育てられて大変だな~と思っていたし、次兄はそんな長兄になり替わりたいのか、やたらライバル視していて、二人の間では諍いが絶えなかった。

 私は騎士として王宮で働いていて人並みの収入もあったし、子供の頃からの婚約者であるリッチ男爵家のシャーリィとの仲も良好、継ぐ爵位がないから平民になってもいいし、頑張って騎士爵でも賜れれば御の字だと、のんびりとかまえていた。


 そんな日々が激変したのは、主家の一人娘であるマティルダ様と私との縁談が浮上したからだ。
 元々我がケッペル家の祖先は平民の傭兵くずれで、200年前、村の有力者だってキリー・アースキン様の舎弟だった。
 その頃に王家でクーデターが起こり、玉座に座った王弟を支援していたアースキン様がその功績で伯爵位を賜り、その部下だったケッペル家も男爵位を賜ったのだ。
 つまりおまけの男爵位で、ケッペル家はあくまでもアースキン家の家臣であり、主君はアースキン家なのだ。
 それは、シャーリィのリッチ男爵家も同じで、マティルダ様は主君のお姫様、天上人だった。

 その方の求婚を断れるはずもない。


 そうして、マティルダ様の夫となったのだが、その関係は夫婦とは程遠い関係……主君と家来そのものだった。
 マティルダ様は気が強く、怒らせたら手が付けられない。ただひたすら、へり下り頭を下げ機嫌を取るしかない。
 そんな日々に疲れた夜会で、かつての婚約者であるシャーリィに「顔色が悪いわ大丈夫?」と声をかけられたのだ。

 マティルダ様に労りの言葉ひとつかけてもらった事の無かった私は、つい彼女にすがってしまった。悪い事だと、人生を破滅させる行為だと理解はしていた。
 だが、その頃の私はマティルダ様の言葉の暴力にすっかり自信もなくし、冷静な状態ではなかった。


 やがて私とシャーリィとの関係は、マティルダ様の知るところとなった。
 自暴自棄になっていた私は、離縁ならそれはそれでいいと思っていた。

 だが罰として2週間、自室に閉じ込められている間に全てが終わっていた。
 私と我がケッペル男爵家、リッチ男爵家にはお咎めなし。そして、シャーリィは修道院に入ったという。
 シャーリィは私の子を身ごもっていたので、どうしたのかと聞くと流産したと言われた。だからシャーリィはその魂を弔うため修道院に入ったと……


 そこから私は、淡々とアースキン伯爵としての業務に努めた。
 そうしているとシャーリィへの思いは次第に薄れ、私は伯爵家当主という立場だったのに、何故あんな無謀なことをしたのかとすっかり冷静になった。若さゆえの熱病だったのだろう。
 なのに不貞で苦しめたであろうマティルダは、私や我がケッペル男爵家には何もお咎めなしで許してくれた……苛烈な性格のマティルダだが、この件に関しては懐の大きさを見せてくれたことに感謝し、今後は彼女とアースキン伯爵家に尽くそうと誓った。


 その噂を聞いたのはシガールームで、遊び人と言われている伯爵子息の口からだった。

「お前の元婚約者、場末の娼婦になってるんだってな」

「え?」

「貴族女を安く抱けるって人気らしいぞ~子どももいるらしいじゃないか! もしかしたらお前の子? とか??」

 笑いながら男は続ける。

「お前の妻、アースキン伯爵夫人はやっぱり恐ろしいよな? 身重の貴族令嬢を無一文で市井に放り出せって命令するなんて」

 真っ青になり、人をやって調べさせた。
 すると噂どおりで、シャーリィは娼婦に身を落としており、産み落とした子は年数から考えて私の子に間違いがなかった。
 さらに調べると、アースキン家の監視もついており、私が金銭の援助をマティルダに知られず行うのは無理そうだった。


 仕方ない
 仕方ない

 今は伯爵としての地位も固まっている。
 この年になって、マティルダの勘気に触れて爵位を手放すわけにはいかない。
 気は強いがマティルダとは今は上手くいってるし、娘も良い子に育っているし、伯爵家は安泰だ。
 波風を立てたくない。

 仕方ない
 仕方ない

 すまないと思いながらも、私はシャーリィの事忘れることにした。



 やがてシャーリィが死に、娘であるオリヴィア一人になったと報告があった。
 そしてシャーリィが死ねばマティルダの興味が薄れたようで、監視はいなくなったとも聞いた。
 さらにこのままでは餓死するかもしれないと言われて、曲がりなりにも私の娘が餓死なんて目覚めが悪いと思い、とりあえずその娘を迎えに行かせて、屋敷の下女として使用人に世話を任せる事にした。
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