【完結】春の庭~替え玉少女はお飾りの妻になり利用される~
32 お飾りの妻の私と、ジェニー嬢の暴挙
初めは「主人を殴るなんてクビだ! 警察を呼んでやる」と息巻いていたハリー様だったが、全ての業務をクリス様に任せっぱなしだったため、彼を追い出すことはできず、自室に謹慎させ、ひたすら仕事をさせる事にしたそうだ。
今日は雨だ。
音楽室のサンルームには雨だれがいくつもの筋を作り、平面幾何学式庭園も薄らぼんやりにしか見えない。
ブラクトンホールでのコンサートの後、再演の話もきたそうだが、ハリー様が拒絶したため、その話は無くなった。他にもたくさんの出演依頼がきているらしいが、全て断っているそうだ。
ハリー様はすっかりバイオリンやコンサートに興味が無くなったみたいだし、私はこれからどうなるのか不安だ。
クリス様の謹慎は、いつ解けるのだろうか……。
不安な気持ちそのままに、私はピアノにむかい『雨のささやき』奏でる。
しっとりと静かな旋律に心が少しずつ凪いで行く。
そこにジェニー嬢がやってきた。
「続けて」
そう言われたので、そのまま演奏を続ける。
そうすると傍らに立ち、私の指の動きを見つめ始めた。
「綺麗な指ね」
そう言う彼女の片頬が、大きく引き上がった。
バン!
はじめは何が起こったか分からなかった。
大きな音とともに、両手に信じれれないほどの激痛。
ジェニー嬢はピアノの鍵盤蓋を、体重を乗せ、力いっぱいに閉めたのだ。
私の指は鍵盤と鍵盤蓋に挟まれ、あらぬ方向へと曲がった。
「ああああああ!」
あまりの痛みに椅子から転げ落ち、床でうずくまる。
ビリビリと頭を突き抜けるような痛みに、身体を縮みこませることしかできない。
「あはははは! いい気味~~! ちょっとピアノが上手いからって、いい気になって! ハリーをベッドに引きずり込もうとしたんだって!?」
ジェニー嬢の足が、うずくまる私の背中を蹴り上げる。
「ハリーはあたしのものなの! 次ちょっかいをかけたら殺してやるから!」
そう吐き捨てて、彼女は走って出ていった。
私は大声を出して必死に助けを求めた。
私の尋常ならない叫び声に、メイドの一人がすぐに駆けつけてくれた。
左の指は打撲程度だったが、右手の人差し指と中指は複雑骨折。
お医者様には、骨折が治り次第リハビリをすれば日常生活には支障はないが、元のように動くようにはなるのは、無理かもしれないと言われた。
もうあのブラクトンホールで味わったような感動を味わうことができないのかと、絶望に打ちひしがられる。
諦めるのには慣れている。
期待をしないことにも。
でも私は夢を見てしまった。
私が、私のピアノが、必要だと言ってくれる世界を。
すばらしい音楽とともに自由になる未来を。
それが全て、打ち砕かれてしまった。
今日は雨だ。
音楽室のサンルームには雨だれがいくつもの筋を作り、平面幾何学式庭園も薄らぼんやりにしか見えない。
ブラクトンホールでのコンサートの後、再演の話もきたそうだが、ハリー様が拒絶したため、その話は無くなった。他にもたくさんの出演依頼がきているらしいが、全て断っているそうだ。
ハリー様はすっかりバイオリンやコンサートに興味が無くなったみたいだし、私はこれからどうなるのか不安だ。
クリス様の謹慎は、いつ解けるのだろうか……。
不安な気持ちそのままに、私はピアノにむかい『雨のささやき』奏でる。
しっとりと静かな旋律に心が少しずつ凪いで行く。
そこにジェニー嬢がやってきた。
「続けて」
そう言われたので、そのまま演奏を続ける。
そうすると傍らに立ち、私の指の動きを見つめ始めた。
「綺麗な指ね」
そう言う彼女の片頬が、大きく引き上がった。
バン!
はじめは何が起こったか分からなかった。
大きな音とともに、両手に信じれれないほどの激痛。
ジェニー嬢はピアノの鍵盤蓋を、体重を乗せ、力いっぱいに閉めたのだ。
私の指は鍵盤と鍵盤蓋に挟まれ、あらぬ方向へと曲がった。
「ああああああ!」
あまりの痛みに椅子から転げ落ち、床でうずくまる。
ビリビリと頭を突き抜けるような痛みに、身体を縮みこませることしかできない。
「あはははは! いい気味~~! ちょっとピアノが上手いからって、いい気になって! ハリーをベッドに引きずり込もうとしたんだって!?」
ジェニー嬢の足が、うずくまる私の背中を蹴り上げる。
「ハリーはあたしのものなの! 次ちょっかいをかけたら殺してやるから!」
そう吐き捨てて、彼女は走って出ていった。
私は大声を出して必死に助けを求めた。
私の尋常ならない叫び声に、メイドの一人がすぐに駆けつけてくれた。
左の指は打撲程度だったが、右手の人差し指と中指は複雑骨折。
お医者様には、骨折が治り次第リハビリをすれば日常生活には支障はないが、元のように動くようにはなるのは、無理かもしれないと言われた。
もうあのブラクトンホールで味わったような感動を味わうことができないのかと、絶望に打ちひしがられる。
諦めるのには慣れている。
期待をしないことにも。
でも私は夢を見てしまった。
私が、私のピアノが、必要だと言ってくれる世界を。
すばらしい音楽とともに自由になる未来を。
それが全て、打ち砕かれてしまった。