【完結】春の庭~替え玉少女はお飾りの妻になり利用される~

31 お飾りの妻の私と、クリス様の怒り

 その日はベッドに入っても、なかなか眠れなかった。
 昼間のコンサートの余韻で、興奮が収まらない。
 それに、あんなにいっぱい出演依頼がくるなんて……私のピアノがみんなに認められたみたいで嬉しい。

 ミュリエル様の身代わりでもなく。
 ハリー様を支えるためのものではなく。
 これからは、もっと心のままに自由に弾いていいのだろうか……


 すると突然、音もなくドアが開き、黒い人影が入ってきた。

「誰?」

 その人はベッドに横たわる私に覆いかぶさり、いきなり胸を掴んできた。

「やっ!」

「大丈夫。怖がらないで」
 その声は…

「ハリー様」

「そうだよ。君の夫だよ」

「何故ここに……」

「何故って私たちは夫婦じゃないか。愛し合うのは当たり前のことだろ?」

「いや! いや!」

「妻のお前に拒否権はない! 大人しくしろ!」

 私の胸をわしづかみ、足をまさぐってくる。
 その乱暴な行為に、かつてアースキン家での使用人たちを思い出し、全身に鳥肌がたつ。

 ナイトドレスを乱暴に引っ張られ、ボタンがはじけ飛ぶ。
 諦めて受け入れる? 夫婦だから仕方のないこと?

 頭の中で、今日のコンサートの暖かな拍手と声援を思い出す。
 色んな人たちが私を認めてくれた。大人も子供も、国王陛下も王妃様も……
 それに……

 クリス様が言っていた。
『貴女はこんなところで搾取されるべき人間ではない。もう少しだけ我慢して下さい。私が貴女を必ず解放します!』

 でも、我慢ってこういう事も我慢しなきゃいけないこと? どうしたらいいの?

 混乱していると、ハリー様が私の下着をずり下げてきた。その行為に嫌悪感が一気に膨らみ、全ての思考を吹き飛ばす。

 いやだ!
 いやだ!
 もう誰にも、好き勝手にされたくない!
 もう誰にも、利用されたくない!


 腕を振り回し、足をばたつかせて暴れる。
 ドスンドスンと大きな音がなる。

「おい! 暴れるな!」

 頬を平手で殴られ、頭が回る。


 だが必死に抵抗する。
 ハリー様はさらに抑え込もうとするが、転げまわって逃げる。

 そこにバタバタと駆け込んでくる音が近づいてきた。

「オリヴィア様! どうされました!」

 クリス様だ!

「クリス下がれ! オリヴィアは私のものだ! 夫婦の邪魔をするな!」

 ハリー様の怒鳴り声を無視し、クリス様は部屋の明かりをつける。


 その明かりに照らされた私の顔を見た彼が、唸り声をあげる。

「オリヴィア様を殴るなんて!」

 クリス様のは大股でベッドに近づき、私に覆いかぶさるハリー様の髪を掴み上げ、その頬を殴りつけた。
 ハリー様はベッドから吹っ飛び、部屋のすみまで転がっていく。

「お…お前…!」
 ハリー様は殴られた頬に手を当てながら、あぜんとしていた。



 廊下にはたくさんの使用人が集まり、そんな彼らを見つめていた。
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