【完結】春の庭~替え玉少女はお飾りの妻になり利用される~

46 ハワード子爵子息、クリスの過去⑤

いつから彼女を愛し始めたのだろう。


 今思えばたぶん初めから…ミュリエル嬢の替え玉として、奏でていたピアノを聞いた時からだったのだろう。


 ハリーとの結婚式での花嫁衣裳もまるで妖精のようで、心を奪われてしまったくせに、ともかく計画どおりに彼女を動かさなければと『優しい男』を演じていたら、胡散臭かったのだろう、その笑顔が嫌いだと言われてしまった。
 無口なのにその口から紡ぎ出される言葉は、結構毒舌でびっくりしたな。

 しかし基本的には彼女は終始控え目で、自己評価が恐ろしく低くて……調べ上げた彼女の生い立ちを思えば仕方ないのだろうが、周りの人間を全く信用していないし、期待もしていない。
 しかし、編曲や音楽談義でよく話すようになると、彼女との二人の時間が楽しくて、だんだん彼女のことが気になり始めた。


 それと同時に、ハリーを陥れるために半ば面白半分で、彼女を利用しようとしている事に罪悪感を覚えるようになった。
 必死に心の中で『アースキン家にいるよりは、ここの方がマシなはずだ。暴力をふるう者はいないし、食事もしっかり食べられる。私は彼女を救ったんだ。』そう言い聞かせ計画どおり事を進める。

 そして心の中では『全てが終われば解放するから、それまで利用させて欲しい』と必死に謝っていた。


 罪悪感からか、彼女がないがしろにされるのが許せなくて、彼女の希望を聞き出そうとしたが、彼女は本当に無欲で……

「貴女は自分の才能を認められたいとは思わないんですか?」

「そんなもの必要? それがあったところで私の演奏の何が変わるの?」

 そう、彼女はそういう人だ。

「これが真の音楽の探究者――自分の汚さが嫌になる」

 彼女を利用し、音楽を使って復讐しようとする私の性根は、そもそも腐っていたのだろう。


 だから音楽の神は、私からバイオリンを取り上げたのかもしれない。


 だがここまできて、計画はやめられない。




 ついに音楽家の憧れ、ブラクトンホールから演奏の依頼がきた。
 とうとうこの時が来た!
 不可能を可能にした自分の手腕に、達成感で踊り出したいほどだ。

 オリヴィア様のおかげでここまできた! 
 もう少し、もう少しだから力を貸して欲しい。
 そして、二人で自由になるのだ!


 ハリーの側近になって15年。ここからは容赦しない。
 もうハワード子爵領の土木工事も完了した。
 もう、言いなりになる必要はない。


 父親の老公爵に土下座し、ハリーの所業を報告する。

「申し訳ありません! ハリー様に公爵様にはお話しするなと今まで口止めをされておりました」

 これは本当。
『父上には業務は僕がやってるって言っておいて』という、14歳の頃の小僧のセリフだが。

「では、公爵家の業務は全てクリスがやっていたのか!?」
 老公爵の顔色は真っ青だ。

「あの子は何一つやっていないと?」

「私の指示どおり、了承印を押されるだけです。書類はお読みになりません」

 ヤツが物を知らない子どもの頃から側にいたのだ。
「全て私にお任せ下さい」と言い続ければ、何の疑問も持たずに能無しに育った。
 後は素行の悪い子息を側に行かせれば、立派なアホぼんの出来上がりだ。

「今、鉄道事業をやっていたな? あれは……」

「……」

「あれもクリスがやっていたのか!?」

「……はい」

 公爵の顔が真っ赤に染まる。

「お前は側近だろう? 仕事をするように何故いさめなかった!」

 12歳の私を無理やり側近に据え、その私に全て丸投げして、息子の教育を怠ったお前が何を言う!

「申し訳ありません! 私の力不足です! 始めはおいさめいたしました。ですが、次期公爵様の否に家臣の私は逆らえません」


 社交界ではハリーが事業家として名が知られていたので、それを鵜呑みにしていた公爵は愕然としていた。

「ならば、あいつはただの放蕩者という事になる」

 この老公爵は陛下の後見を務めていた事もあって、有能かつ非情な面も持っている。
 そして、近々私が側近を外れる契約だと告げると……

「甘やかしすぎたか……陛下にお仕えする筆頭公爵家として、家門を守るために決断せなばならんか」

 あとは迎えた正妻とは閨を共していないことを暴露して、さらにコンサートで大恥をかかせてやろう。

 ハリーを次期公爵の座から引きずり降ろしてやる。
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