【完結】春の庭~替え玉少女はお飾りの妻になり利用される~
45 平民になった私と、ソロデビューコンサート
私はクレバー夫人とサロンのテラスでお茶を飲みながら、アースキン家のその後の話を聞いた。
「あのアースキン伯爵家が、男爵に降爵……」
「ふふっ、ざまあみろですわよね?」
彼女はいたずらっ子のように微笑んだ。
実家の没落に、私に少しの寂寥感と大きな安堵感を覚えた。
「……クレバー夫人はまた私の先生に?」
「まさか! 今の貴女を教示するなんて恐れ多い。ふふっ、私は公爵様の依頼でプログラムを立てるお手伝いにきたのよ」
「プログラム?」
「オリヴィア様、貴女のソロデビューコンサートが決まりましたのよ。会場はあのブラクトンホールですわ!」
「まさか…!」
「コンサートは6か月後、まだまだ時間はありますけど、まずは選曲のお手伝いから始めましょうか」
そして6カ月経ち、今日が私のソロデビューコンサート。
『バイオリン王子と白ウサギのコンサート』のような奇をてらったものではなく、正統なピアノコンサートで、観客も耳の肥えた紳士淑女たち。
音楽大学のピアノ科の教授から特別レッスンも受け、私の技術力と表現力もかなり向上したと思う。
熟考を重ねたバラエティーに富んだ選曲、納得するまで音を突き詰め、練習も死ぬほどした。
あとはこのライトを浴び、思いっきり高揚感を楽しむだけだ。
一瞬の静寂のあと、大きな拍手に包まれる。
スタンディングオベーション、止まらない歓声と拍手。
アンコール曲はもちろん『春の庭』だ。
ゆっくりと丁寧に1音1音大切に……いつもは私の瞼の裏には華やかな庭園の画像が広がるが、今日は違う。
今までの私の人生が、活動写真のように流れていく。
娼婦街での過酷な日々、母には「死ね」と首を絞められりもしたが、思い出すのは母の寂しそうな笑顔、「外で待たせてごめんね」と言いながら手袋をくれた暖かな手。
アースキン家での辛い日々、でも音楽が……ピアノがあったから乗り越えられた。
アースキン家にいなければ私はピアノに触れることもなかったし、レッスンも受けられなかっただろう。そしておそらく、いやきっと娼婦になっていただろう。
ハリー様と結婚したから、クリス様とも会えた。
老公爵様から、私の本当のパトロンはクリス様だと聞いている。
今日は、代替わりした新しいキャンベル公爵様……ハリー様が聴きに来ていると、クレバー夫人が言っていた。
クリス様はハリー様の側近を本当に辞められたのかしら。
今日は、聴きに来てくださっているのかしら。
まだ……私を愛して下さっているのかしら。
正直クリス様のことを許せない気持ちもある、だがこうしてこの舞台に立てたのはクリス様のお陰だ。
クリス様を罵りたいのか、感謝の言葉を贈りたいのかよく分からない。
でも……クリス様に会いたい。
ただ、会いたい。
楽屋に戻るとクレバー夫人が、私にお茶を渡してくれたが、その手は震えている。
「素晴らしかったです! 私興奮しちゃって身体が震えるの」
「ありがとうございます」
こんなに絶賛されたら、恥ずかしくなってしまう。
そこでノックとともに声がかかる。
「キャンベル公爵閣下がお越しになられました」
顔も合わせずに離婚してしまったけれど、ハリー様は楽屋まで来て下さったのね。
「おめでとう!」
開かれたドアにはあふれるほどの深紅の薔薇。
100本はあるかという巨大な花束で、視界の全てが埋まった。
だがその隙間から見え隠れするのは……黒髪とアッシュブルーの瞳!
「……クリス様…!」
「すばらしいコンサートだった。君はやっぱり偉大なる大音楽家(ヴィルトゥオーソ)だ」
聴いて頂けたんだと心は喜びで跳ねたけど、クリス様一人でハリー様の姿は見えない。
その私のとまどいを感じたのか、クリス様が苦笑する。
「私が新しいキャンベル公爵なんだ」
私は驚愕のあまり、受け取っていたずっしりと重い花束を、足に落としてしまった。
「あのアースキン伯爵家が、男爵に降爵……」
「ふふっ、ざまあみろですわよね?」
彼女はいたずらっ子のように微笑んだ。
実家の没落に、私に少しの寂寥感と大きな安堵感を覚えた。
「……クレバー夫人はまた私の先生に?」
「まさか! 今の貴女を教示するなんて恐れ多い。ふふっ、私は公爵様の依頼でプログラムを立てるお手伝いにきたのよ」
「プログラム?」
「オリヴィア様、貴女のソロデビューコンサートが決まりましたのよ。会場はあのブラクトンホールですわ!」
「まさか…!」
「コンサートは6か月後、まだまだ時間はありますけど、まずは選曲のお手伝いから始めましょうか」
そして6カ月経ち、今日が私のソロデビューコンサート。
『バイオリン王子と白ウサギのコンサート』のような奇をてらったものではなく、正統なピアノコンサートで、観客も耳の肥えた紳士淑女たち。
音楽大学のピアノ科の教授から特別レッスンも受け、私の技術力と表現力もかなり向上したと思う。
熟考を重ねたバラエティーに富んだ選曲、納得するまで音を突き詰め、練習も死ぬほどした。
あとはこのライトを浴び、思いっきり高揚感を楽しむだけだ。
一瞬の静寂のあと、大きな拍手に包まれる。
スタンディングオベーション、止まらない歓声と拍手。
アンコール曲はもちろん『春の庭』だ。
ゆっくりと丁寧に1音1音大切に……いつもは私の瞼の裏には華やかな庭園の画像が広がるが、今日は違う。
今までの私の人生が、活動写真のように流れていく。
娼婦街での過酷な日々、母には「死ね」と首を絞められりもしたが、思い出すのは母の寂しそうな笑顔、「外で待たせてごめんね」と言いながら手袋をくれた暖かな手。
アースキン家での辛い日々、でも音楽が……ピアノがあったから乗り越えられた。
アースキン家にいなければ私はピアノに触れることもなかったし、レッスンも受けられなかっただろう。そしておそらく、いやきっと娼婦になっていただろう。
ハリー様と結婚したから、クリス様とも会えた。
老公爵様から、私の本当のパトロンはクリス様だと聞いている。
今日は、代替わりした新しいキャンベル公爵様……ハリー様が聴きに来ていると、クレバー夫人が言っていた。
クリス様はハリー様の側近を本当に辞められたのかしら。
今日は、聴きに来てくださっているのかしら。
まだ……私を愛して下さっているのかしら。
正直クリス様のことを許せない気持ちもある、だがこうしてこの舞台に立てたのはクリス様のお陰だ。
クリス様を罵りたいのか、感謝の言葉を贈りたいのかよく分からない。
でも……クリス様に会いたい。
ただ、会いたい。
楽屋に戻るとクレバー夫人が、私にお茶を渡してくれたが、その手は震えている。
「素晴らしかったです! 私興奮しちゃって身体が震えるの」
「ありがとうございます」
こんなに絶賛されたら、恥ずかしくなってしまう。
そこでノックとともに声がかかる。
「キャンベル公爵閣下がお越しになられました」
顔も合わせずに離婚してしまったけれど、ハリー様は楽屋まで来て下さったのね。
「おめでとう!」
開かれたドアにはあふれるほどの深紅の薔薇。
100本はあるかという巨大な花束で、視界の全てが埋まった。
だがその隙間から見え隠れするのは……黒髪とアッシュブルーの瞳!
「……クリス様…!」
「すばらしいコンサートだった。君はやっぱり偉大なる大音楽家(ヴィルトゥオーソ)だ」
聴いて頂けたんだと心は喜びで跳ねたけど、クリス様一人でハリー様の姿は見えない。
その私のとまどいを感じたのか、クリス様が苦笑する。
「私が新しいキャンベル公爵なんだ」
私は驚愕のあまり、受け取っていたずっしりと重い花束を、足に落としてしまった。