【完結】春の庭~替え玉少女はお飾りの妻になり利用される~

51 ハワード子爵子息、クリスの過去⑩

「まぁ、確かに彼女ほどの才能を埋もれさせるのは惜しいがな……」

「そして公爵様がオリヴィア様のパトロンとなって、彼女を一流の音楽家にして下さい」

「わしがか?」

「はい! 彼女のピアノは必ずや貴方様を満足させ、公爵様に栄誉を与えるはずです。公爵様にとって一番の女神(ミューズ)になるはずです!」

 一縷の望みをかけ、必死に畳みかける。

「ふむ……」

「そして、もうひとつお願いが……彼女の実家とは縁を切らせて下さい。アースキン家は没落して男爵家になり、かなり困窮しているようです。オリヴィア様が有名になれば必ず接触してくるでしょうから、公爵様にとっても障害になると思います」

「……そうだな」

 あぁ、あと一押しだ。
 だが、きっと……

「で、私がお前のその望みを叶えてやれば、どんな見返りがあるのだ?」

 ……きた。
 大きく息を吐く。

 覚悟はしてきた。


「私はハリー様の側近として、一生お仕えいたします。さらなる事業拡大にも努力し、公爵家を繁栄に導きます」

「…ふんふん……いいだろう!」

 公爵はポンと膝を叩き、満足気な笑顔を浮かべる。


 これで、私の人生は決まった。
 だが、オリヴィアは救われた……!

 安堵で身体の力が抜ける。

「よし! ハリーにお前がついているのなら安心だ! 来年のあの子の誕生日に、公爵家の家督を継がせよう」


 公爵は上機嫌で、私を昼食に誘う。
 共にダイニングに向かう途中、思いついたかのように侯爵様が私を振り返った。

「そうだ! お前がオリヴィア嬢のパトロンになるのはどうだ?」

「え?」

「表向きにはパトロンは私だが、金を出すのはお前だクリス。お前の事業で儲けた金で彼女を一流のピアニストにするんだ。どうだ? これならしっかり働く気になるだろう? せいぜい頑張って稼いでくれよ」

「……はい」




 オリヴィアの手術の成功を見届けた後、私はハリーの元に戻った。
 ハリーは、急に二人で行方をくらませたことに、始めは憤っていたが、オリヴィアが公爵領で治療を受けることになったと伝えると「あ、そう」と簡単に納得した。

 その後、公爵様から手紙が届き、オリヴィアとの離縁が成立したと伝えられるとまた怒っていたが、私が生涯自分に仕えることになった知ると「しっかり務めろよ」と上機嫌になった。

 ジェニーは離縁に大喜びし、二人で堂々とパーティーや社交場に出かけるようになった。昼間っぱらから、ハリーと寝室に籠るようにもなり、おかげで仕事に集中できる。
 私は国中を飛び回り、新規事業の開拓を始めた。

 もうオリヴィアとは会うことはないだろうが、私が稼げば彼女が有名になる。
 まだ彼女とつながっていられる。

 それだけで充分だった。
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