【完結】春の庭~替え玉少女はお飾りの妻になり利用される~

55 公爵夫人の私と、離婚宣言

 今日で勲章授与の凱旋コンサートは終わった。国中を回る3カ月に渡る長いコンサートツアーだったので、今日から2カ月の休み。それが終わると国外のツアーが始まるが2カ月あれば、気持ちを立て直せるだろう。



「クリス様、離婚して下さい」

 クリス様はブランデーを飲みながら、着替えをしているところで、それを噴き出した。

「え? え? どうして? また私、何かやってしまいましたか?」

 わたわたとドアにたたずむ私に近づき、目を合わせてきた。
 その眉毛はやはり垂れ下がっている。

「その顔」

「え?」

「いつもその悲しい顔で、私を見てる」

 はっとしてクリスは両手で顔を引き上げる。

「そんな顔してますか?」

「えぇ。私はクリス様に、そんな顔をさせたくありません。もう充分償って頂きました。私といれば罪悪感から逃れられないでしょう。どうか私と離婚して、これからの人生は幸せになって欲しいのです」

「この顔は……悲しいわけじゃないんです!」

 そう言いながら、クリス様は視線を私から外す。

「いや、悲しいのかな……」

 大きなため息を吐いたあと、その両手で今度は私の顔を包み込む。

「だって、貴女は私に笑いかけてくださらないから」

「え!?」

「シャーロットやアーサーには笑顔を見せるのに、私には笑って下さらない」

「え? え?」

 私には全く自覚がない。

「私、貴方に笑ってませんか?」

「はい」

「えっと……それは私の表情筋の問題で……」

 笑うことが許されなかった私の少女時代、今も私は引きずってたの?
 でも……

「クリス様も私には敬語です」

 子どもたちには親し気に話すのに。

「貴女だっていつまでも『クリス様』呼びです。私はオーリーって愛称で呼んでるのに」

「……」

 口では勝てない! ずるい!

「はははっ! 口がひん曲がってますよ」

 ひん曲がってるなんてひどい! 私はいつも貴方に綺麗だと言われたいのに!

「オーリー。オーリー」
 クリス様が笑いながら、その大きな身体で私を抱きしめる。

「オーリーは私を愛してますか? プロポーズの時は愛が分からないって言ってましたけど、今は分かりますか?」

「クリスさ……クリスのことは好き」

「オレもオーリーが好き。オレはオーリーといれば幸せ」

「クリスが幸せなら、私も幸せ」

「オレはオーリーを幸せにして、笑顔にさせたかっただけなんだ。だからいつか必ずオーリーを笑わせてみせるから、ずーっと側にいて」

 今すぐ何とか笑ってみせたいけど、私が笑わなければ、クリスはずっと側にいてくれるってことよね? 

 だったら私、死ぬまで笑わないわ。
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